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事故から2年が経ちました

一昨年の6月10日、あの忌まわしい事故に遭ってから、丁度2年が経過しました。

2年もすれば、全く痛みを感じなくなるかと期待してましたが、甘かったですね。
でも、かなり回復したことは事実です。

手術後5ヶ月後にゴルフの練習を再開したし、8ヵ月後くらいには、自転車にもちょっと
乗ってみたりと、事故(手術)後1年経過した時点で、ほぼ日常生活には支障がない
レベルまで回復してました。

その後1年間での変化はわずかですが、手術後に禁止されていて、1年前には怖くて
できなかった「左足を上にして脚を組む」ということが、最近ようやくできるようになりました。

全力では全く走れませんが、小走りくらいならできるようになったかな。
でも、たくさん歩くと股関節が痛くなるし、長時間飛行機や車に乗ったあとも調子悪いですね。

私は自転車に乗り始める前は「スキーヤー」でして、しかも若い頃はアルペンスキーの
「レーサー」だったのですが、ジャカルタに居ることもあり、事故以来スキーをやったことは
ありません。

医者からは、緩斜面をゆっくり滑るなら構わないと言われてますが、私が好きなのは
「急斜面をガシガシ高速で滑る」もしくは「中斜面を超高速でぶっ飛ばす」のが好きなので、
加齢と共に体力が落ちている中、もう一生そんな滑りはできないでしょうね(^_^;

息子や娘も、冬になれば、それなりにスキーやスノボを楽しんでいるようですが、もう親と
一緒に行くような年齢でもなく、孫でもできたら、一緒に緩斜面を滑るくらいしか、今後
スキーとは縁がなさそうですね。




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あの忌まわしい事故から1年経過しました。。。。

昨年の6月10日、日曜日の朝、スディルマン大通りの自転車歩行者天国から走り始め、あまりの
混雑に嫌気が差し、40km/h前後の高速走行でTangerang方面まで足を伸ばし、ジャカルタに
戻り、そのまま真っ直ぐ帰宅すれば良かったのに、走行距離が50kmにちょっと満たなかったことから
アパートの周りを余分に走っていたところ。。。。。。

車道のほぼ真ん中を、乗用車の直後を35-40km/hで快適に走行していたのですが、ふと目の前に
現れた路面上の大きな穴。。。。。

この穴に突っ込んだら転倒するか、転倒を免れてもパンクやリム損傷は避けられないと思い、
急ハンドルを切って穴を避けましたが、走行速度に対して、切ったハンドルの角度がキツ過ぎた
のでしょうね。。。。。。

バランス、コントロールを失い、殆ど減速できないまま左側に激しく転倒。。。。。

あまりにも激痛で、車道のど真ん中にひっくり返ったまま動けませんでした。
後続車がすぐ後ろに居たとしたら、確実に轢かれてしまい、命を落としていたかもしれません。

幸い後続車とは車間が十分にあったため、止まってくれて、動けなくなっている私を救助してくれました。
アパートまでは2kmくらいだったので、救助してくれた親切なインドネシア人の車に自転車ごと乗せて
もらいアパートに戻りましたが、入り口を入ることなく、アパートの隣にある病院に担ぎ込まれました。

怪我の状態は以下の通り。

1.大腿骨(骨頭:股関節部)粉砕骨折
2.鎖骨複雑骨折
3.肋骨(5本)骨折


いずれも転倒した左側です。


その後色々とありまして(詳しくは「昨年6月の記事」を参照下さい)、医療用緊急ジェット機で
シンガポールの病院に緊急搬送され、全身麻酔の手術、5日間の入院、一週間の療養、結局会社を
2週間休む羽目に。

もっとも、緊急搬送される際に、身体を1センチ動かすことすらできなかったのに、同僚に頼み、会社の
PC他仕事道具だけは一緒に持っていったので、病院のWIFIも使えたので、入院中も一応仕事は
できました。  指だけは両手とも動かせましたし、頭はヘルメットのおかげで軽症で済みましたしね。

治療法は以下の通り。

1.大腿骨(股関節)は、粉砕骨折部分は取り除き、チタン製の人工股関節を装着。
2.鎖骨はプレートを入れて固定。
3.肋骨は自然治癒。


退院後一番痛かった(寝起きに難儀した)のは肋骨ですが、一番早く完全治癒したのも肋骨でした。
1ヶ月くらいでしたかね。

でもって、あれから1年。
肋骨は完治してますが、鎖骨はまだ違和感がある、というか、プレート除去手術が今年の1月で、
まだ5ヶ月経ってないので、縫合部分が少し腫れてます。

股関節は。。。。。。。。まだ痛いですが、日常生活には殆ど支障はありません。
自転車も漕げますし、ゴルフもできます。

さすがに全力で走ることはできませんが、昨日初めて「小走り+α」をしてみましたが、なんとか
痛みに耐えられる程度でした。  あと1年したら走れるようになるかな?

医者は「退院後半年でフルマラソンでも走れるよ」などと言ってましたが、さすがにそれは無理ですね。
マラソンに出るつもりはないですが、普通に走れるようになるには2年は掛かりそうです。

なので、最近「走れる夢」をよく見るんですよね(^_^;




身近な事故の犠牲者

今日は身近なところで、事故の犠牲者の話を2つも同時に聞いてしまいました。

1件は、社内の人なんですが、海外出張中に転倒(飲んでいた?)し、路上の石に頭を強打し
日本に緊急搬送され、1週間以上経過した今もまだ入院中であるという話。

もうひとつは、20年以上前に駐在していたアフリカの事務所で秘書をやっていたフランス人の
マダムの息子さんが10年ほど前に交通事故で亡くなられたという話。

どちらも全く他人事ではありません。

私は酔っ払って記憶を失うことは毎晩ですし、実際に肋骨を折ったことも2回あります。
でもって、去年は交通事故で大腿骨粉砕骨折という大怪我をしました。

普通に生活していて、寿命を全うする方も多いですが、事故の犠牲者も少なくないですよね。。。。。

今日もこれから会食です。

ちなみに、数日前から怪我した足の具合が悪く、ちゃんと歩けません(>_<)
飛行機に長時間乗ると良くないようです。。。。








事故から9ヶ月経ちました

昨年6月の事故から9ヶ月が経ちました。
鎖骨のプレートも1月下旬に除去手術を受け、とりあえず手術は完了です。

もっとも、人工股関節には寿命があり、使い方によっては磨耗が早く、10-15年ほどで
寿命が来るので、また交換手術をしなくてはならないのですが。。。。

でもって、9ヶ月でどこまで回復したかと言うと。。。。。
普通に歩いている分には、見た目には不自然な歩き方はしてないようです。

但し、まだ痛みは残ってます。
小走り程度なら可能ですが、さすがに全速力で走ることはまだできません。

普段は、大した痛みではないので、普通に歩いているのですが、ゴルフとかで長距離を
歩いたあとは、いつもより痛くなるのですが、医者からも「ゴルフは良いリハビリだから、
たくさん歩くように」と指示されているので、これも回復途上ということで、痛みが残るのも
仕方ないのかもしれません。

一方、ローラー台程度の負荷であれば、70-80km漕いでも特に痛みは残りません。
やはり上半身の重さをサドルで支えており、股関節に掛かる負荷が少ないからなんでしょうね。

ヒルクライムは負荷が強いので、あまりお薦めできないようですが、いつかチャレンジして
みたいと思ってます。 事故前の1/3くらいしかスピード出せないと思いますが(^_^;

鎖骨プレート除去手術跡の肩の傷も完全にふさがりましたが、まだ多少の違和感があります。
マッサージとかで左肩を強く押されると、右肩よりも痛みを感じますが、日常生活の中では
ほぼ支障のないレベルまで回復してます。

まだ、ゴルフバッグとか、重いショルダーバッグを担ぐ際には基本的に右肩を使ってますが。

先週末と昨夜は家飲みでしたが、今日から飲み会が続きます。
来週は出張者が4組重なっており多忙を極めます(^_^;

今夜: スマトラ島からの出張者と軽飲み
明日: 社内の歓送迎会
明後日: 辰年ゆかりの会 (初めて参加予定)
土曜日: 日本からの友人と飲み (彼の会社はインドネシアに工場を持っている)
日曜日: 社外出張者との接待
11日: スマトラ島出張&会食予定
12日: 別の社外出張者と会食
13日: 更に別の社外出張者と会食
14日: 社外出張者とのみ
15日: 同上
16日: 同上
17日: 同上
18日: 同上
19日: 同上

凄いな。。。。。14日連荘だ。。。。。
肝臓に良いものを摂取しないといけませんね(^_^;



バイク即死事故の原因を知って恐怖に慄いてます

先週、目の当たりにした悲惨なバイク事故ですが、ニュース記事より詳細が判明しました。
以下、記事の抜粋です。

(引用)

2/7、13:30頃、スディルマン大通りに面した○○ビル(弊社が入っている建物)の正面で悲惨なバイク事故により
バイクの運転手は頭部破裂と全身打撲・出血多量により即死(轢死)した。

被害者は28歳の男性、車両は「ホンダCS-1」。
被害者のバイクは、バスを追い越したところで、排水溝の穴にタイヤを取られ、バランスを崩し、バスの直前で
転倒。  バスは停止する間もなく、被害者の頭部を車両(タイヤ下)に巻き込み、轢死させたもの。

この排水溝(穴)が原因での転倒事故は多数発生しているが、バスの運転手としても、目の前でバイクが
転倒するとは予測できず、避けられない事故であった。


1033175620X310.jpg

(引用終わり)

「道路に穴」→「バランスを失うバイク」→「転倒」

このサイクル、私の去年の事故と全く同じです。
私の場合、幸い後続車両との距離が若干あったことから、轢死することはありませんでしたが、ひとつ
間違えれば、私も頭部を車体に巻き込まれ、轢死していた可能性もあった訳です。

恐ろしいことです。。。。。

私の事故の原因となった穴は、車道のど真ん中にボコッと開いていた穴だったのですが、今回目撃した
事故の原因となったのは排水溝。

実は、2011-12年が5年に一度の大洪水年と予測されており、2011年秋の雨季入り前に、突貫工事で
ジャカルタの目抜き通りである、スディルマン大通りの側道に、10m置きくらいの間隔で、70cm四方程度の
穴を掘って、水が路面に溢れず、地下を伝って排水できるような工事を行いました。

工事中の数ヶ月は通行止めになっていたので、大渋滞を引き起こしておりましたが、通行止めを無視したり、
ちゃんと通行止めをしてなかった区間で、この穴に落ちて怪我したバイクが多数あったとか。

当然のことながら、工事終了時には、いわゆる「グレーチング」ってやつですか? 日本で使われているもの
とは比べ物にならない荒い作りの金属製蓋を設置し、バイクや車の走行障害にならないよう工事をした
のですが、四輪はともかく(グレーチングを越える際の不愉快な揺れはあるが)、二輪にとっては十分に
ハンドルが取られてしまうような代物なんですよね(^_^;

当然、自転車は確実に壊れるか転倒します。

なので、スディルマン(&タムリン)を走る際は、極力側道ではなく本道を走るようにしてましたが、二輪は
本道を走ってはいけないようで、警察に見つかると側道に出るよう指導を受けます。

もっとも、本道にもグレーチングはあるんですが、側道の突貫工事ほど酷い状況ではないので、あまり
危険はありません。
但し、うちのビルの前辺りは、柵の設置されてない排水溝があり、車に幅寄せされると非常に危険です(^_^;

●本日は飲み会にて、ローラー台は漕げません。。。。

明朝から、また赤道を越えて、北緯26分(1度の半分以下、ほぼ赤道直下)の場所に出張です。
14日夕刻に戻る予定。




目の前でバイク事故→即死。。。。

今日、ジャカルタですが、恐ろしい事故現場を見てしまいました。

事故の瞬間は見てないんですが、事務所のまん前、席を立って後ろにある窓からすぐ見える場所で、
バイク(オートバイ)がバスに跳ねられ、夥しい量の流血で道路は広い範囲で真っ赤に染まり、運転手は
全身と頭を打って即死。

その遺体が死体袋に入れられ、救急車(既に手遅れですが)に運び込まれる瞬間を見てしまいました。

日本でもバイクの事故は珍しくないですし、即死するケースもあるでしょうが、会社の目の前で、しかも
以前は普通の時間帯にバスや車を縫うような形で、会社の前を自転車で通ることも珍しくなかったので
非常に恐ろしい思いをしました。

実際こないだの日曜日はチャリ天だったとは言え、会社の前を何度も通過していたので。。。。。。

私の場合、大腿骨粉砕骨折という重症を負い、ジェット機で緊急搬送の上、大手術を受け、人工股関節を
入れる羽目になりましたが、命に別状はありませんでした。

不幸中の幸いで、道路のど真ん中でひっくり返って動けなくなったのに、後続車が止まってくれて、
轢かれることはなかったからです。

事故前は、普通の時間帯に、今日遭遇した事故と同じ場所を含め、車やバイク、バスなどと速度を競う
ような感じで抜きつ抜かれつ走っていた訳ですが、ひとつ間違えれば、今日のバイク事故の死者と同じ
目に遭うリスクもあったということなんですよ。

背筋が凍る思いでした。。。。。
もうジャカルタの市内を車が走る時間帯に走るのは止めよう。。。。。


●今日で飲み会5連荘です。。。。



術後の処置

1/23に鎖骨を固定していたプレートを外す手術をし、翌日ジャカルタに戻ってきたのですが、
昨日、医療機関であるSOSから電話があり、「傷口を覆っている絆創膏(15センチ長)を
交換する必要があるので、ジャカルタのSOSに来てください」との連絡有り。

シンガポールの担当医からは「3日に1回取り替えるように」と4枚ほど替えの絆創膏は
もらってましたが、自分で交換するものとばかり思っていたら、SOSがやってくれると。

SOSまで行くのも面倒だし、時間もないのにとは思ったものの、確かにまだ閉じていない
部分でもあり、初回くらいは医者にやってもらおうかと思い、今日の昼過ぎ、クニンガン
にあるSOS診療所まで行ってきました。

そこで血圧と体温と体重を測定されたのですが、血圧は近年希に見るほどの低圧(120-70)
であり、通常は「140-90」くらいなのに、上も下も20ずつ低く測定されました。

体重は「71.25kg」と、これまた近年しばらく見てないくらいの重い体重。
早くベストの68kgに戻さないと行けませんね。

肩の絆創膏を取り替えるだけなのに、大袈裟にベッドに寝かされ、随分と時間を掛けて
はがし、消毒し、再び新しい絆創膏を着けてもらいました。

15センチ長の絆創膏だけかと思いきや、さらに傷を覆うように小さな絆創膏が内側にも
貼られており、これも時間を掛けてはがして消毒してもらいました。

処置が終わって会計ですが、8000円ほどの費用になってます。
保険が掛かってないから仕方ないのかな。

そう言えば、4月から会社で従業員&家族全員に医療保険(正確には海外旅行損害保険)に
加入することになりました。

●今日のローラー台:    81km


鎖骨プレート除去手術(事故から7ヶ月半)


昨夜シンガポールに到着し、一泊後、本日午前中はシンガポール事務所で予算会議に出席したあと
13時に病院にチェックイン、諸手続きを経て、13時半過ぎに病室に入り、15時半から約1時間の
手術で、鎖骨を固定していたチタン製のプレートを除去しました。

入っていたプレートとプレートを固定するボルトはこれ。

DSCN5058.jpg


面白い形をしてますよね(^_^;
こんな物体が7ヶ月半も体内に入っていたのかぁ。。。。。

今回の手術予約は1ヶ月以上前から確保してましたが、先週は荷役に立ち会っていた1億数千万円の
貨物船積みがトラブル続きで、今回の手術もキャンセルを覚悟していたのですが、どうにか乗り切ったので
予定通り除去手術を受けました。

このプレートは昨年6月の事故直後の手術で挿入されたものですが、その後、全く左腕を使わないわけには
行かなかったので、飛行機の棚から重い荷物を下ろしたりとかしている内に、プレートを固定していたボルトが
緩み、プレート自体が浮き上がるような形になっており、鎖骨自体が完治したあとも、痛みを伴っておりました。

今は手術直後で、傷口が閉じてないことから、別の痛みがありますが、これが収まれば、だいぶ楽になる予定。

落車で股関節まで粉砕してしまう人は稀でしょうけど、自転車乗りなら、鎖骨の1本2本折った経験のある方も
少なくないでしょうね。

単純骨折の場合は鎖骨バンドだけで治してしまう方法もあるようですが、私は2箇所折れて、鎖骨が3分割され、
かつずれていたので、手術の上、プレートとボルトで固定していたわけです。

しかし、7ヶ月半もこんなものを体内に入れておく羽目になるとは、当初は思ってませんでした。
鎖骨の完治って、結構時間が掛かるものなんですね。

というわけで、明日はインドネシアの祝日ということもあり、今日は病院で一泊して、明日の夜ジャカルタに
戻る予定です。



今日は痛みがだいぶマシです

今日の日本は天皇誕生日の振り替え休日でお休みなんですよね?
こちらは、平日営業日でございます。

しかしながら、日本が休みですと、いつもは1日200通くらい着信するメールが50通くらいまで減りますし、
日本から電話もかかって来ないので、少しは楽ですが、現地は動いているので、採用面接や土木工事の
打合せなど、結構忙しい1日です。

夜はこれから会食ですしね。
インドネシアはイスラム教徒が大半なので、クリスマスな雰囲気はないですが、クリスマスイブの夜に
取引先のオジサンと2人で居酒屋ってのも、何とも言えませんね(^_^;)

そう言えば、ドバイ時代も、クリスマスイブに取引先と忘年会(相手もこちらも1人だったので、サシ)
やったことありました。

さて、6月の事故・手術から半年以上が経過してますが、1ヶ月ほど前、具合が良かったので、調子に
乗ってジムのマシンで時速10キロで走ってみたら、翌日から歩けないほどの痛みに(>_<)

その後しばらく調子悪くて、手術後2-3ヶ月の頃と変わらない痛みと戦っていた(但し股関節の可動域は
確実に広がった、痛いのは歩行時)のですが、今日は何だか調子良いです。

歩行時の痛みが、2日前と比べても格段に改善している。
これで調子乗ってまたジムで走ったりすると、絶対に悪化するので、無茶はしないつもりですが、ここ
1ヶ月は結構痛かったので、純粋に嬉しいですね。

危うく大惨事に巻き込まれて死亡するところだった。。。。(管制塔機能不能時の強行着陸)

今朝の新聞の一面に載っていた記事なので、ジャカルタ在住の方は、ご存知の方も多いと思いますが、
一昨日(12/16)の夕刻、ジャカルタ空港の管制塔で火事が発生し、管制塔のレーダーが30分ほど使用不能
になるという恐ろしい事態が発生しました。

火事が発生し、レーダーが使用不能となった時刻は「16:55」、復旧に少なくとも15分以上、恐らく30分前後
かかったものと報道されております。

この深刻な事故の影響で、50本以上の着陸予定機がジャカルタ空港に着陸できず、管制塔のレーダーが
使用不能(着陸許可もない)まま、上空を勝手に彷徨った挙句、管制塔から「着陸不可」の連絡を受け、
出発地やジャカルタ以外の空港に降りたそうです。

私の乗っていた「JL726便」は同日ジャカルタ空港到着予定時刻が「17:20」でしたので、定刻通りの運行
であれば、他の多数の飛行機同様、上空を彷徨い、他の空港に向かわざるを得なかったでしょう。

さらに怖いのは、管制塔のレーダーが機能しない上空に大量の飛行機が彷徨っている状態ですから、いつ
どこでニアミスや衝突事故が起きてもおかしくない状況だったこと。

JL726便が到着(着陸)したのは「17:02」、つまり火事で管制塔のレーダーが使えなくなってから、実に
7分後」のこと。

想像するに、恐らく管制塔から当機に対して着陸許可が出た直後に事故が発生したのではないか。
許可は出したものの「レーダーが使えない」という状況は管制塔から機長に対して連絡されていたはず。

機長は、その恐ろしい状況を理解しながら、7分後に見事着陸させたことになります。

私はと言えば、事情は全く知らなかったので、「やっと7時間の空の旅も終わりだな」「空港からアパート
まで渋滞してないと良いなぁ」などと呑気なこと考えていた7分間ですが、その瞬間に、近くを彷徨って
いる飛行機に衝突され、空の藻屑と消えていた可能性も大いにあるわけです(>_<)

その場合、当社の関係者だけでも、上級役員を含め10人以上犠牲になったはず。
私の友人、同僚も含め。。。。

結果として、予定通り着陸できず、何100kmも離れた場所に飛ばされ、大迷惑を被った乗客は多数
居たわけですが、本当に、本当に幸いなことに、事故は起きませんでした。

インドネシアって、ジャカルタの「世界一酷い」と言われている渋滞もそうですが、空の交通についても、
交通量に対してインフラが全然追い付いていない状況なので、いつ大惨事が起きてもおかしくない状況
だと思います。

本当に怖い。。。。。。。 現実に起こり得るリスクです。。。。。



プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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