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地味に走行距離を稼ぐ

5/31

今朝は5時過ぎに起きて6時半出社。 疲れる1日だったが、夜は1945頃から少し走り、1日の走行距離は20キロ。

6/1

明日は帰宅が少し遅くなる見込みなので、少々走りこむことに。 10日ぶりにビンディングシューズを履いてヘルメットを被って走った。 古川橋から明示通りで新宿、そこから四谷を経由して半蔵門、皇居を半周して日比谷通り経由15号。 八山橋の先、ライトの電池がなくなり、新馬場・北品川駅付近で百均を探すが、みつからず。 それにしても、京急駅の周辺というのは独特の雰囲気があるな。 何とも言えぬ下町風情。 結局百均は諦め、帰途に就く。 じてつう+30キロで、合計45キロ走行。

6/2

昨日も45キロ走ったが、今日も結構走りたい。 なぜなら明日明後日と夜走れないから。
昨日はビンディング履いたが今日はフラペ、15号を南に向かう。 途中で俺を抜いたローディ、なかなか早いが信号で追いつく。 明らかに実力(マシン)は相手が上だが、敢えて抜き去ったところで脇道に逸れ、嫌な気分を味あわせてやった。 帰りはもっと残酷。 俺と変わらない速さのローディを、何と3回も抜き去って脇道に逸れた。 1回抜き去ったあとは脇道からローディの後部へ戻るので、かなりの無駄があるが、やはり信号で追いつく。 フラペでジーンズで空気抵抗大きい服来た26インチクロスに3度も抜かれる(自分は一度も抜けてない)のは屈辱だろうな(笑)

6/3-4

飲み会にて、殆ど乗れず。
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感動の初湘南 by自転車

6/5

100キロは乗りたいなと横浜方面に。 横浜はもう何度も来たので、1号線を攻めてみる。 どこまで行けるだろうか。 横浜から戸塚方面を目指すが、途中で鎌倉という表示が。 キロ数は書いてない。 とりあえず方向を鎌倉に変更。 10時発15時戻りだから、折り返し地点は12:30である。 12:30までにどこまで行けるかが勝負。 鎌倉に向かった。 いくつも山を越えることを覚悟していたが、1号を逸れた直後に山越えがあった以外は、割と平坦(多少のアップダウンはある)な道が続いていたが、さすがに鎌倉に入ったところから、鎌倉山が始まり、観光客でごった返す中、歩道は人が溢れ、車道は渋滞するという最悪な状況の中、坂道を登り、最後はずっと下り坂12時前に着いた。 初の湘南デビューである。 

コンビニで、ローソンPBのグレープフルーツジュース(700mlで105円!)と、ローソン特製てりやきバーガー(105円)の合計210円でランチを済ませることに。 折角だから海沿いに出て、砂浜で食べようかとも思ったが、汚れるので、海が見えるベンチに座って、食べようとてりやきバーガーを開けて頬張ろうとしたその瞬間! 何者かにバーガーを掠め取られた!! が、それは一瞬で、バーガーは俺の右斜め前方1mくらいのところに落とされた。 一瞬何が起こったか分からなかったが、海鳥に奪われかけたことが判明。 初めての経験である。 砂にまみれたバーガーだが、なけなしの105円で購入したランチを一口も食べないで諦めるのはいかにも惜しい。 まだ原型を留めていたので、砂を払って食べてみたが、完全には払えず、砂を噛む羽目に。 それでも、どうにかこうにか砂があまりついていない部分を選んで食べたが、半分も食べられず、とても惨めなランチになってしまった。 これで、帰途の体力は持つのだろうか? 幸い飲み物のカロリーは280kcalくらいはある。 泣きながら鎌倉を去る。 鎌倉海岸滞在時間は10分くらいかな。 基本休まない人なんで。 さて、俺の記憶では、鎌倉から逗子を経由して横須賀方面というか、かなり磯子に近いところにアクセスできるはず。 ちょっと山登りはあるけど、比較的直線的なアプローチできるはず、と向かった逗葉道路(逗子葉山道路)の入り口まで、必死で坂を登って辿り着いた。 瞬間、料金所のおじさん飛び出してきて×マーク、「自転車禁止」と連呼する。 「なんでやねん。。。。料金払うつもりしてたのに」と思ったが、腐れ役所の規則には逆らえず、やむなく登ってきた5キロの山道を引き返し、かつ無駄に三崎口方面に5キロ戻って横須賀を目指す。 心が折れてます。 予定していたルートを通れないだけでなく、進行方向と逆に進まなくてはならないとは。 しかも、自動車でも2キロのトンネルでもはきょうなのに、自転車で5キロもとんねる。 死ぬかと思った。 途中頭が真っ白になり、目の前が真っ暗になり、このまま死ぬかと思った。 でも頑張って5キロ、無駄に逆走し、三浦中部へ。 表示は「三崎」とか出てる。 やばいよ、帰れない。 今夜はOB会なのに。 まずいよまずい。 泣きながら交差点に。 左にかすかに「横須賀」とある。 直進は三崎である。 迷うことなく左折するが、10キロ走っても葉山市内を抜けられない。 いったい俺はどの方向に進んでいるんだ。 気がついたら三崎口か? 悩みながら山道を登り続けていたが、30分ほど漕いだあたりだろうか、「横須賀市」という看板が見えたときにはガッツポーズ。 が、冷静に考えると、東京までまだ70キロある。 間に合うか? 間にあわねぇだろうなぁ。。。  鳥に取られたエネルギーは無念だったが、帰り着けないという最悪のシナリオは避けねばならない。 苦渋の追加105円である。 泣きながらおにぎりの一番安いやつ105円を買って、エネルギー補給。 水を飲む余裕はない。 つばだけで飲み込んだ。 あとは16キロと15キロを2時間半で70キロ走るのみ。 気合である。 気合はペダルに伝わり、速度として実現させる。 気合はすぐ時速35キロになった、気がつくと40キロ出てる。 漕ぐしかない。 東京は70キロ先である。 20キロは水分補給なしにひた走った、しかし明らかに脱水症状を起こしている。 このままではまずい。 コークゼロを買う。 なけなしの120円である。 心して飲もう。 ポーズを着けて、100人に飲み姿を見せながら飲んだ。 気合十分。 横浜へ北上だ。 横浜はまだ遠い。 ちょっと前まで、東京から横浜が遠かったのに、今は横須賀から横浜が遠い。 京急とは仲良しである。 一緒に走る。 基本負けるが。 俺にもレールをくれ。 信号は要らない。 なんとか横浜に到着。 休んでる時間はない。 既に走行距離は99キロである。 ここから30キロ、がしかし、予定していた追い風になってないやん。。。。。。 堪忍してやぁ。。。 泣きながら向かい風に挑む。 時速22キロくらい。 予定を大幅に遅れ、16時近くに帰宅。 時間ない!

恐怖の幻坂

6/6

今日は11時に帰宅せねばならぬ用事があったので、ロングは無理ということで、激坂にチャンレンジ。
登り坂は極めて苦手であり遅いので、通常は丘を避け、谷周りでしか走らない生活を4ヶ月続けてきたが、ひょんなきっかけ(無意識なリンク移動)から激坂サイトに辿りつき、タイトルが「都心部激坂15選」という興味をそそるタイトルだっただけに、思わず読んでしまったところ、何と我が家に近い「狸坂」が15激坂にランクインしているではないか。 俺的には、都内に坂は何百とあるが、狸坂を超える激坂はそうそうないだろうと自負していた(ゆえに、ここを通ると非常にショートカットになるにも関わらず、避け続け、4ヶ月で1回しか登ったことなかった)にも関わらず、15選をクリアしたブロガーによると、「たったの14%で、なぜ激坂にランクされているか分からない」との酷評。 同時に、他の激坂が狸坂と比べ物にならないくらいの勾配(23-30%)であることも判明。

ヒルクライムどころか、小さな丘すら避け続けてきた俺にとって、激坂など有り得ない世界だったのだが、都内最高ランクを付けられている「幻坂」を含め、にわかに興味が湧いてきた。 しかも地形的に激坂(15選)の殆どが自宅から近く(一番遠いところで30分くらいか)であることから、これはひとつずつ潰して行くしかないなという使命感を帯び、早速今朝からチャレンジしてみることに。 狸坂を馬鹿にされた俺としては、その倍以上の勾配(30%)を持つ幻坂を攻略しないことには面子が収まらず、地図で場所を調べて直行。 地形図が頭に入っていたこともあり、激坂がありそうな辺りは見当が付いたので、割とすぐに見つかった。 (なんと命名者のママチャリライダーのノールさんは、再発見まで1年半掛かったというのに)

この坂は3つの区画に分かれている。 まず20%程度の1区間目、これを左折すると10mくらい平坦な5%程度の登り坂、後半は15%くらいか。 これが2区画目。 でもって第3区画が半端じゃない。 20%から始まり最後は恐怖の30%。 

NEC_0411.jpg


確かにウィーリー状態(前輪が地面を離れ、後輪だけで走行状態)になり焦る。 当然座ったままでは走行不可能、立ち漕ぎ(ダンシング)でも、時速2キロくらいしか出ない。 ウィリーになって落車せぬよう、前傾姿勢を保ったままダンシング。 何とか登り切った。。。。 幻坂恐るべし!  でもって下りがまた怖い。 ブレーキ握りっぱなしで時速1キロで下りないと事故になりそう。 それにしても、ここの地形は半端じゃない。 要は崖っぷちに家を建てて道を無理矢理作った形なんだよな。 そういう意味では狸坂も同様である。 間違いなく崖である。 崖地域に激坂が多いのは当たり前の法則だな。

さて、激坂ばかり攻めていても走行距離が稼げないので、午後改めて出陣。 皇居に行ってみた。 皇居付近はよく乗るのだが、なんと日曜日は皇居の東側2キロくらいの区間が自転車専用道路となっていて、車の乗り入れが禁止されている。 居る居る、ローディが掃いて捨てるほど。 でもって、一般チャリも少なからず居る。 どうやら日比谷公園に貸し自転車屋が開催されているらしい。 時速3キロの自転車から時速40キロのスピードバイクまでありとあらゆる自転車が集合している。 良く知らなかったので、最初は皇居を一周してしまったが、西側(北・西・南)は特に規制はなく、東側の2キロ区間のみ自転車専用道路になっているようだ。 当然のごとくメット&ピチピチジャージのローディと対決する。 こちらはフラペのノーヘルである。 しかもMTB仕様のクロスバイク(26インチ)である。 しかし、対決してもまず負けないね。 俺が高級マシンに乗ったら時速60キロ出るかも。

結局この日は他にも色々用事があったにも関わらず70キロほど走り、前日と合わせてほぼ200キロってとこですかな。

港区の激坂/サイコン装着前走行距離

6/7

19時半スタート。 一ノ橋から飯倉片町までの坂もなかなかキツイ。 そこからオークラ目指し、まずは江戸見坂を下る。 下り終えてからそこが江戸見坂であること確認し、今度は登る。 さすが25%勾配、半端じゃない。 が道が広いせいか、幻坂ほどの恐怖はない。 しかしこのあたりは坂だらけだ。 用は山なんだろうな。 江戸見坂を終えて、次は赤坂へ向かう。 稲荷坂である。 赤い。 なかなか風情があってよろしい。 ここも25度くらいかな。 えっちら登る。 インナーローを使わないと厳しいね。


6/8   往路のみじてつう。

6/9   

復路じてつう。 19時スタート、まずは釣堀坂。 実際に釣堀にアクセスする道ではなく、やはりあの激坂だった。 ここは徒歩で何度も来ているので、あそこかなとは思っていたが、やはりあそこであった。
まずは下り、そして登り。 半端じゃないね。
さて、坂はこれくらいにして、大井埠頭へ向かう。 今日はローディは居ない。 地味に走って、意外なことにジャスコの横に着いた。 走行距離、前日と合わせて37キロ。 総走行距離(サイコン装着後)2500kmまであとわずか! 
それにしても、1月17日に自転車を購入してから、3月23日にサイコンを装着するまで何キロくらい走っただろうか? サイコン装着後に走行ペースが一気に上がったが、装着直前の3月20日の荒サイも相当走ったはず。 CR往復50キロに加えて、一般道も20キロくらいは走ったので、70キロくらいか。サイコンなし走行60日の内、日本に居なかったのが15日くらいあるので、ネット45日、内雨で乗れなかった日が10日はあるだろうから、残り35日。 ざっくり平日25日+休日10日ってところかな。 平日はじてつう+αで20キロ/日、休日は40キロ/日平均くらいで計算すると、平日500キロ+休日400キロで、合計900キロ程度にはなる。 これを概算とすると、購入後現在までに約3400キロ走ったことになる。 この間、悪路も走ったが、一度もパンクはなし。 パンクどころか、空気が顕著に減ったこともない。 なかなか良い買い物をしたようだ。

目白の激坂チャレンジ!

6/10

前日までの走行距離(3/23 サイコン装着後)が2490kmだったので、本日中の2500km超えは確実だったのだが、会社まで7キロ弱で、会社到着時は2498kmと微妙な数字。 しかもランチタイムに銀座まで行く予定があったので、珍しく昼休みに自転車に乗り、銀座に向かう途中であっさり2500km達成。 区切りの数字はロングライドで達成する方が感慨深いのだが、まあ500km単位だから仕方ないか。 3000kmを今月中に達成できるかは、出張や梅雨の関係で微妙であるが、これは是非ロングライドで達成したいもの。

さて、帰宅後は目白の激坂を攻めることに。 目白まで約7キロ走行し、都内では最も有名と言われている「のぞき坂」(別名:胸突坂)にアタック。 あまり馴染みのない場所だが、幹線道路(明治通り)に近いこともあり、地図はうろ覚えだったが、迷わず一発で坂下に到着。 馴染みがないとは言え、千登世橋は学生時代に何度か通ったことあり、勾配がキツイ場所であることは記憶にあった。 それにしても圧巻である。 港区の坂には、無名坂も含め名前がちゃんとついていて、坂の上と下にちゃんと木杭が打たれ坂の名前が記載されているのだが、豊島区のこの辺りは、有名な坂でも正式名がついてないようで、木杭も打たれていない。

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前置きはこれくらいにして、とにかく登ってみる。 確かにきついがインナーロー(24段変速の一番軽いギア)を使えば座ったままでも登れる。 しかしやはり座ったままだとスピードも出ないし、足への負担も大きいので、立ち漕ぎ(ダンシング)の方が楽である。 インパクトの強い坂ではあるが、あの恐怖の幻坂を体験したあとは、どの坂も「まとも」に感じられる。 やはり怖いのは、車が通れないほどの坂である。 

この辺りは地形的に山なので、のぞき坂に並行して何本も坂があり、合計5本の坂を全て上り下りしてみた。 すっかり激坂になれたようだ。 インナーローへの持って行き方が微妙(早すぎても遅すぎてもよろしくない)ではあるが、大分慣れてきた。

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目白激坂5本をクリアしたあとは、目白通りを東に進み江戸川橋を右折し、早稲田付近で外延東通り(始点)に入り帰宅。 途中想定外の雨が降り始める。 初めはパラパラだったのが、途中から本降りに。 参った。 雨宿りしたが、止む気配もなく、泣く泣く雨の中を激走したが、六本木でトンネル2本超えたら、その先は晴れていた。 路面も濡れていない。 どうやら新宿区限定で雨が降ったらしい。 というわけで、土曜日のロングライドに備え、自転車屋に整備を依頼したが、多忙だったようで、空気補填とチェーンに油差してもらうだけで終了。

さて、今日は改めて今までの走行記録をまとめてみよう。
サイコン装着する3/23までの走行距離は推測

1月  200km
2月  400km
3月  500km (サイコン装着後:200km)
4月  782km
5月 1159km
6月  413km (6月10日現在)
---------------------------
合計 3454km

我ながらよく走ったものだ。
東京からインドくらいまで走っただろうか。

ロングライド記録更新(183キロ!)

6/12 (ブログ書き始めの頃なので、文章ばかりで冗長で、読みにくくてすみません。。)

そろそろ梅雨入りすることもあり、かつ南半球長期出張もあるので、今日がロングライドのラストチャンスかと思い、当面の目標である150kmをクリアすべく、ローディーのメッカ関宿城を目指すことに。

行きも帰りも常に向かい風となる運命の江戸川も、さすがに「強い南風」の予報の今日は、通常午前中は向かい風となる江戸川も都合よく追い風だった。 追い風に乗って70キロ、あっと言う間に関宿城に着いた。 200キロはこの3倍かと思うと、割と余裕な気がした。

あっと言う間とか言いながら、実は40キロ地点でハンガーノックっぽくなり、燃料補給することに。 CRをはずれ、一般道を2キロほど行くと、ローソンがあったので、そこでのど飴(昨日から喉の調子が悪く、今日は更に悪化していた)と食料を調達。

パンがいいかなと選んでいると、なんと先週鎌倉で鳥に奪われたバーガーと同じものが売っているではないか! リベンジである。 リベンジなので、アップグレードして、125円のチーズバーガーを購入する。 飴と合計225円、奮発である。

さすがに、コンビニ前では食べたくなかったので、江戸川に戻り、海から40キロ地点で休憩&プレランチにすることに。 11:30ちょい前頃だったろうか。 追い風に乗って高速巡航(時速35キロペースかな)していても、やはり疲れるものだな。 8時前に食べた朝飯から得たエネルギーは全て消費し尽くしたらしい。 

前回折り返した16号を右岸のまま(前回は左岸で16号に至り、対岸の右岸で東京に戻った)河口から55キロ地点とかまで進んでしまい、このままでは左岸にある関宿城を越えてしまうのではと不安になったが、とりあえず次に来た橋を渡って左岸に(ちなみに右岸左岸は上流から見た言い方なので、河口から向かっている場合は逆になる。 

江戸川の場合、東岸が左岸、西岸が右岸である)移動。 するとそこは「関宿町」だった!! 喉が渇いたので、そこにあったスーパーで飲料を購入、自販機だと500mlは150円もするので、店内に入り特売の99円ビタミンドリンクを購入。 しかしレジが馬鹿で118円とか言い出したので、交渉に手間取り10分浪費。 

19円の違いはシリアスではないのだが、俺は小銭を処分したかったので、118円ではお釣りが来てしまうので不都合である。 なぜか98円だったので、1円玉を3枚処分。 

飲みながらGPSで現在地&関宿城検索、ほぉ、まだもう少し先だな。 関宿町も随分大きいな。 左岸のCRを北に進んで10キロほど行ったところで、遂に城登場!! 

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想像以上に立派な城である。 江戸川ベースでは河口から60キロ強だと思うのだが、利根川ベースでは121キロらしい。 さすが利根川、長い川である。

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12時を越え、猛烈に暑い。 27度くらいか。 炎天下である。 汗ドロドロである。 脱水症になってはかなわないので、ここでダイエットコーク(屈辱の150円)を自販機で購入し水分補給。

さて、ここで利根川とぶつかるので、利根川を渡り茨城県へ。 とてつもなく田舎である。 しかも、田んぼだらけで、肥やしの匂いがプンプンしているのが、なんとも言えない感じである。 田舎っぽくていいけど。 でもって、ウルトラスーパー向かい風である!! 

有り得ん! 利根川は東西に伸びている河川ではないのか? 否、この辺りでは江戸川とほぼ平行であり、思いっ切り南北である。 はきょう。 時速20キロちょいしか出ない。 物凄い負担。 体力の消耗が著しい。 

河口から121キロから、死にそうになりながら漕いで漕いで、109キロ地点まで12キロ、1時間近くかかった感じ、途中水分補給のため休憩。 まあ、帰路の向かい風はある程度想定内だったとは言え、あまりにも閑散としている。 12キロですれ違ったのは、ママチャリ2台と、オートバイ1台のみ。 江戸川とは大違いなり。

でもって、109キロでCRが途切れた。 いきなり悪路。 勘弁してよ。。。。 とりあえず国道もとい県道っぽいところに出て走ったが、こちらも向かい風で苦しい行程。坂東市というところをひたすら向かい風に対抗して走る。車ですら滅多に来ない(下手すると下車したことすらないかも)茨城県である。 坂東市なんて当然聞いたこともない。

でも、こういう未知の領域を走るのが楽しいんだよね。 しかし全く地の利のない場所を走るのは不安がある。 川沿いなら、日本地図を頭に入れている限りは大きな間違いはない。 もしかすると、右岸(千葉市側)の方がCRが整備されているのではと思い、途中(野田橋かな?)を右岸に移動。 

この辺りで疲れはピークに達している。 エネルギー減は朝飯と、さっきのリベンジチーズバーガーのみ。 走行距離は90キロ行くか行かないか。 200キロとか豪語していたのが情けない。 死にそうになりながら千葉側に移動し、一般道を2キロくらい走る。 セブンイレブン発見! 

一食基本200円以内なので、食べ物100円、飲み物100円が基本なのだが、あまりにも疲れ果てている。 セブンイレブンの対面には「山田うどん」がある。 山田うどんに関して言えば、実は34年前から気になっている存在であり、所沢インター辺りで良く見かけて、気になっている存在だったが、以来34年店に入る機会がないまま中年親父になってしまった。 

セブンイレブンで200円投資し、立って食べて半端な休憩するのと、山田うどんに投資し、座れる椅子と、恐らく無料で飲める冷たい水をゲットするのとどっちが得かと悩んだ。
で、暑くてふらふらになりながら、山田うどんのメニューをチェックすると、どうやら300円からあるらしい。

セブンイレブン200円@立ち食い、vs 山田うどん300円@座れる@水は無料。。。。 必死で考え、100円増しの価値はありと判断し、人生初の山田うどんへ。 そもそもサイクリング中に飲食店に入ること自体、3500キロの走行に対して全く初めてである。 自転車飯はコンビニと決めていたので、300円とは言え、清水の舞台から飛び降りる決断である。

メニューは300円~890円くらいまであった。 高いのはセットメニュー。 当然最安値しか頼まない。 普段なら選択の余地があるなら、うどんより健康的な蕎麦にするのだが、今日の目的はカロリー(エネ。 ルギー)摂取である。 よって迷わずうどん、冷やしたぬきうどん@300円を注文。

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品物が出てくる前に1リッターくらい冷たい氷水を飲む。 うどん来た、300円なりに小さい。 カップうどんよりちょっと立派なくらいか。 味はあっさりしていて美味しい。 300円の価値はあるかな。 さらに1リッターくらい氷水を飲む。 結構コスパ悪くないかも。 氷水無料飲み放題は、この暑さではポイント高い。 

安い飲料でも98円はするで、2本飲んだら196円である。 4席を独占し、靴脱いでリラックスし、トイレで顔洗ったりして、300円の高額投資の元は取れたと思われる。 計20分ほど滞在しただろうか。 限界に疲れていたので、この20分+うどん+3リッター氷水は大きかった。 さすがに、ペットボトルに氷水を入れる勇気はなかったが。

さて、1400-1420を34年入れなかった山田うどんで休憩し、再出発である。 しかし利根川の向かい風の状況は悪化することこそあれ、改善することはない。 千葉側から再エントリーし、河口から100キロ地点を通過したが、しばらく行くと、ゴルフ場に突き当たり、CRは中断。 

仕方なく一般道に、しかしどんどん河から離れていくではないか! GPSで位置確認しながら戻ろうとするが、思いっ切り田んぼの畦道なんですけど。。。。 千葉県柏市って、農業国だったんですね。 割合都心からアクセスしやすい、首都圏だと思ってましたが、実際に来てみると、田んぼ田んぼ田んぼ。。。。 

田んぼの畦道を舗装しているので、片側一車線の車道になってるんですけど、車がすれ違うのがやっとの幅なので、車、特に幅広な車は自転車を攻撃してくる。 攻撃されると、残された幅は25センチであり、これをミスると田んぼにボッチャンである。 恐怖である。 

右にも左にも曲がれない。 田んぼと2センチのところをぎりぎりのテクで走る。 しかも横風が秒速20メートルである。 田んぼに落ちろということか? なぜ、何が面白くて、俺は千葉の末端で田んぼに落とされそうになりながら自転車に乗っているのだろう。。。。 疑問である。

横風の中、必死で漕いでるが、河川土手に行く道は全て閉ざされている。 もっとも悪路なので、通る気はしないが。 10キロほど田んぼとトラックと戦いながら、やっと左に行ける道があったので、早速曲がると200mほどで行き止まり。 農耕器具車両の保管場所で行き止まり。 あーあ。。。。 

しかしめげずに悪路を右折し、悪路を走って河川に辿り着く。 看板を見るに、河口から93キロ。 俺は10キロの内3-4キロCR、あとは彷徨っているってことか。 整備されてないなぁ。。。。 整備度では江戸サイがベスト、次が荒川かな。 利根川は失格。

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しかし、93キロで入った「柏サイクリングロード」も91キロで消滅。 やむなく茨城側に再度移動、既に迷っている内に守谷は通過し、取手になっている。 が、しかし!! CRがあるのに閉鎖されていて入れない。 酷い話だ。 いじめである。 仕方なく少し内陸を走るが、これもいじめのようにアップダウンが繰り返され、100キロ以上走行している脚には容赦なく攻撃されてる。 

最悪である。 感覚的に20キロくらい進んだところで、やっとCR復活。 83キロだそうだ。 計算おかしいと思う。 100キロ地点は確認したが、やっと走り始めたところだったので、撮影はなし、次に90を狙ったが消滅、やっと80は見つけて撮影した。 しかし誰も通らない道である。 利根川CRは人気がないようだ。

GPSで位置確認するが、これ以上進むと成田空港とか銚子とかまで行ってしまうので、そろそろ東京に向かわないと。 ここまでで125キロ。 このあと57キロのドラマが続きます。 人生色々、182キロは冒険でありドラマです。 とにかく今日は80キロはきょう向かい風であり、心が折れまくっていた。 人生、風が重要である。 公私共に追い風に乗りたいものだ。

さて、125キロ地点での休憩はすさんでたな。 

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誰も通らないCRで、「まむし注意」とか書かれている看板の下で裸足になって、立小便もするし、単なるアホな親父ですな。 しかし疲労もピークに達しているのに、とてつもなく自宅から遠方にいる。 いかんともしがたいな。 このへんの地名を見てもちんぷんかんぷん、いったいどこに向かえば良いのか。 

成田空港や銚子が近いのは肌で感じるが、東京はどこにあるのか? 困ったものだ。 で、こういう状況になると必ず携帯のバッテリーは今にも消えそうに。 感覚で帰るしかないか? とりあえず、もう一度橋を渡って千葉県に戻る。 布佐ってどこだ? 聞いたことはない地名である。 

燃料補給も兼ねセブンイレブンで地図を読む(立ち読み)。 大体の場所分かるが、ここからが遠い。 サイコン表示は既に130キロ、記録更新は確実なのだがドロである。 PBの安いオレンジジュースと、これまた安い98円で6本のパンを買う。 

これをコンビニ前で、3本食べて、残りのジュースはペットボトルに保管。 この時点で既に17時。 うーむ。。。日暮れとの戦いだな。 (このあと日暮れとの戦いを諦めねばならない事態が発生) ここから東京まで何キロあるのか? 50キロか? 40キロか? 分からない。

県道59号線(印西市川線)というのが、市川まで行っているらしい。 市川は東京と接しているので、まずは市川を目指そう。 市川は通ったことある。 というか、今朝江戸川を渡ってしまい、そこが市川(もっとも、東京との境なので、市川の最西端ではあったが)である。 日暮れ前の帰宅は絶望的。 ライト持ってきて良かった。

疲れ果てた肉体に鞭を打って出発。 まずは布佐から、成田線のしゃびい線路を乗り越えてしばらく行くと、「印西市」とある。 印西って東西線の果てだよな? こんなところに自分が居るなんて想像だにしなかった。 脚は回らない。 登りになると、時速8キロである。 ハンガーノックんである。 千葉で宿泊だろうか。 

平坦な関東平野の癖に、やはり内陸部はアップダウンがそれなりにある。 フロントギアは運動伝達効率の高いアウターを使うよう心がけていたが、さすがにアウター2は使えないので、アウター3でキツイ場合はミドルに落とした。 突かれ切っていたし、この道片側一車線で殆ど路肩がないので、非常に危険。 時々歩道に避難せざるを得なかった。

精神的にも苦しい59号、そもそも「印西市川線」とは書いてあるものの市川までいったい何キロあるんだ? 相変わらず向かい風であり、苦行である。 多少なりとも苦行を感じないよう、頭の中でギア論を考え始めた。 俺のバイクは24段変速であり、フロントギアが3速、リアが8速である。 

この組み合わせで、24通りの変速ができるわけである。 フロントは一番大きいギアが一番重い、なぜならペダル(正確にはペダルが付いたクランク)を一周回すときに動かすチェーンの駒の数が一番大きくなるから。
俺のフロントクランクは「48-38-28」という構成であり、順番に「アウター」「ミドル」「インナー」と称する。 アウターは歯が48個ついているので、クランクを一周回すたびにチェーンを48個動かすことになる。 

ミドルは38個、インナーは28個。 でもって、リアだが8枚ある。 歯数は11個から32個(11・13・15・18・21・24・28・32 という構成)まである。 リアは歯数が少ない方が重いギアなので、32が1速、11がトップ8速ということになる。 つまり24変速の最大トップギアである、フロントアウター(48)とリアトップ8速の「11」を使った場合、クランク(ペダル)一周回すことで、車輪が約4.4回転する。

言い換えると、4.4回転分の力を一周のペダリングで捻出せねばならないということ。 フロントアウターのままでリアを5速にすると、リアが18なので、一周のペダリングで回す車輪は約2.7回転となるわけだ。

フロントをミドル(38)にして、リアも5速(18)だと、これが2回転ちょっとと楽になる。 激坂を登る際に使うのがフロント「インナー」。 フロントインナー(28)で、リアをロー(1速)にすると、28×32になるため、ペダリング1周分の力で、車輪は0.9回転しかしない。 

つまり軽いわけである。 24速の最大が「4.4」、最小が「0.9」、この24段を使って効率的に風や坂(&体力)に対抗していくのである。(文章が他人に見せることを意識しだした)

でもって、通常はフロントアウターでリア1・2速は使わない。 そのギア比が必要ならフロントはミドルを使う。 でもって逆にフロントインナーでリア5-8速は使わない、これもミドルで得られるギア比だからである。

さてこう聞くと、フロントはミドルが一番使いやすいことになる。 それは事実。 フロントミドル固定で、リアをトップにすれば、3.5回転させられるから、これはかなりのスピード、下り坂の40キロ超のダウンヒルでも問題なし。 一方、ミドル固定でリアを1速にすれば、1.2回転なので、激坂以外はほぼクリア可能。 

なので、自転車購入後1-2ヶ月はアウター派だったが、途中から便利なミドル派に転向して久しかったのだが、最近読んだブログで、「同じギア比なら、アウターの方が伝道効率が良い」という話を聞いて、急遽今日からアウター基本派への転向を図った。 「アウター5(ファイブ)」というのが、平地や無風(弱い追い風)には最適なギア比であり、速度的には30キロ前後。 

往路の江戸川北上、関宿までは基本的にアウター5(たまに疲れるとアウター4)で乗り切った。 しかし帰りは超向かい風なので、アウター5はおろか、アウター4でも辛い。 アウター3までは使ったが、それ以下(アウター2とか)にするくらいなら、効率悪くてもミドルに下げる。 

さて、ここでまたもやギアに関する講義。 自転車のギアは本体の右側に付いているが、フロントアウターは一番右に位置している。(インナーが一番本体に近い内側) でもってリアはトップ(歯数11)が一番外側で、ロー(32)が一番内側。 アウターでローを使うと、前が右端、後ろが左端という形になり、たすき掛けになることから、チェーンが痛みやすい。 逆(インナートップ)も同様なので、こういう組み合わせは基本的に使わない。

つまり24段変速だが、6組(段)くらいは実際には(非常時以外は)使わない。 実際に使うのはミドルを中心に18段くらいか。 しかしフロントは絶対に3枚必要だし、リアも最低でも8枚は必要なので、使わない「死にギア?」があっても、これ以上ギアの枚数を減らすことはできない。

上述したようなことをずっと向かい風に苦しみながら考えていた。 そうこうしている内に、「市川まで15キロ」という表示が。 「まだ15キロもあるのかぁ。。。。」と心が折れそうになる。 しかも、この15キロは市川の中心部までではなく、市川市の市境までの距離である。 げんなりである。

そうこうしている内に、記録更新の瞬間が。 その瞬間は田舎には必ずある派手なパチンコ屋の前を通過中に到来。 向かい風だし、この先待ち受けている苦しみを考えると、気分の高揚はないが、とにかく記録更新である。 あと何キロ「走らねば」ならないのだろう。。。。

17時にコンビニで、紙パックのオレンジジュースとパン(6本98円)を購入し、半分は買った場所で、残り(ジュースもペットボトルに移して保管)は18時(市川の少し手前)に食べた。 今日の燃料補給はこれで終わり。 あとは水分補給のみ。

しばらく行くと、看板に初めて「東京・市川」と併記されたものが登場、本日140キロ走って初めて見たい「東京」の文字である。 折れかかった心を立ち直らせるべく必死で漕ぐ。 相変わらずアップダウンが続くし、渋滞も続いて実に走りにくい。 印西を抜けると「白井市」に入る。 白井も聞いたことない場所である。 しかもでかい。 

どこまで走っても白井である。 16号と交差した。 白井市に入ってゆうに10キロは走ったが、やっと中心に近づいたようだ。 さすが16号、信号待ちが2分である。 中学生の軍団がベルを鳴らしていてうるさかった。 ようやくでっかい白井市を過ぎ、いよいよ市川かと期待したが、なんと途中には鎌ヶ谷市とか船橋市とかがある。 全然市川に辿り着かない。。。。

黙々と漕ぎ続け先に進めて行くと、市川市という看板が出ないまま、どうやら市川市に入ったらしい。 しばらく進むと、国道14号(県道1号と共有区間?)にぶつかり、今度こそ右には「東京」と単独で明記されている。 思わずガッツポーズである。 関宿をあとにして以来、かれこれ90キロ、ずっと向かい風地獄であった。 

東西に多少振れたとは言え、基本は南下である。 初夏の南風に完全にやられた。 ノックアウト寸前であったが、東京という文字を目にし右折し、完全に進路が西向き(西北西)になった途端、疲労度120%にも関わらず、アウター5で快調に30キロで走行できる。 やはり風である。 風が全てである。 風さえ敵にしなければ、200キロはそれほど難しい距離ではない。 

今日は90キロ風に逆らって、180キロ。 これは苦しかった。
が90キロ(時間にして、約6時間)向かい風と戦ったあとの、無風状態でもあり、油断してたのかな。

快調に東京方面に走行中、アクシデントは起きたのである。 ここで強制休憩1時間。
皮肉なものだが、蓄積した疲労はすっかり回復し、山田うどんはとっくに消費し切ったとして、17時・18時に補給した小型パン6本が、確実にグリコーゲンとなって筋肉に補給されている。

すっかり夜になりライト点灯し、走行を続けたが、荒川も軽々越えられるほど軽快である。 帰宅時183キロだったが、あと18キロは余裕で走れる感じ。 でも200キロ越えイベントは後日に取っておくことに。

<本日(まで)のサイコンデータ>

Dist 182.67
Ave 23.20
Max 52.50
Odo 2,733
Time 7:52'25






ロングライド翌日(休息日)

6/13

昨日の183キロの翌日だったが、不思議と筋肉痛はまだ来ない。 年齢的に2日後が一番キツイのは分かっているが、翌日も結構キツイものである。 が、しかし、今朝は殆どなんともない。 体(筋肉)が自転車に慣れてきたんだろうな。 でもって、今朝はLSD(Long & Slow Distance)を目指して、ゆっくりと始動する。 皇居まで行ってゆっくり走る。 しかし。。。。。 ローディの軍団が現れると。。。。スイッチ入っちゃうんだよなぁ。。。 5-6人の団体が参戦、軽く抜いたあと、信号で折り返して、再度後ろにつき、抜きなおす。 その動作を4回くらい繰り返し、「あのフラペの26インチクロスは何者だ?」と印象付けた上で、ブッチギリで置き去りにする。 ところが、ついてくる単独(ロンゲ)ローディが約1名、彼とはデッドヒートを繰り広げた。 4-5回抜きつ抜かれつを繰り返したあと、抜き去った形で戦線離脱。 すっかり心拍数上がってる。 これじゃ、LSDじゃないでしょ(反省)。 帰りはゆっくりLSD、朝一で20キロ走りました。 これからジャスコ往復15キロです。 今日はこれくらいで終わりかな。 183+35キロで、週末ライドは計218キロでございます。

予てから計画はしていたのだが、ついに本日ブログ開設。 初めははてなブログで開設したのだが、過去に遡って記事がアップできない(やり方が分からない)ので、f2cブログに変更。 ブロガーも今やたくさん居るのだろうけど、オジサンは何か新しいことを始めると、いつも戸惑ってしまうが、どうにか記事をアップすることができた。

やはり昨日183キロ乗ったとは言え、雨でもない休日に35キロでは寂しいので、懸案だった恵比寿の「別所坂」という激坂にチャレンジしてみることに。 

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最後の階段(と平行して、漕げなくもないスペースあり)までは、都内随一の幻坂やのぞき坂を経験しているだけに、インナーローから2・3速でそれほど苦もなくクリアできたが、階段は3度チャレンジしたが駄目。 

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まず、普通に行くとウィリーになってしまい危険。 前のめりになって進むと安定せず危険。 幻坂も勾配は同じくらいだが、幅があるだけに、多少左右に振れても走行可能だが、ここは階段に挟まれた幅1mほどのスペースだけに、これ以上チャレンジするのは危険と判断し、撤退することに。 自転車押して歩いて階段を登った。 屈辱。。。。



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<本日(まで)のサイコンデータ>

Dist 50.14
Ave 21.70
Max 43.40
Odo 2,783
Time 2:18'25

これから梅雨の季節、3000キロまであと217キロだが、出張もありそうだし、雨で乗れないので微妙だなぁ。。。。

蛇足ながら、不思議と腿の筋肉痛、全然ないです。 でも肩が痛い。 ポジション間違ってると思う。
誰かに指導してもらわないと。 3800キロ、ソロでしか走ってないので。。。。

関東梅雨入り

6/14

遂に関東も梅雨入りらしいです。 自転車はしばらく乗れないか、乗れても短時間だろうな。
でも、直前の土日でやるべきことができて良かったです。
ひとつは土曜日の183キロロングライド(従来の記録135キロを50キロ近く上回る)、初めての関宿城と利根川走行。 茨城県に自転車で入ったのも初めてでした。 さて、昨日も書きましたが、脚の筋肉痛は全くなし。 2日経った今日来るかなと予想していたが、全然。 常に稼動する筋肉として認知されたみたいです。 その代わりと言っては何ですが、右肩に痛みが。。。。 ポジションとハンドルの持ち方に問題があるんだろうな。 右肩の間接というか、骨が結構痛い。 腕を回しにくいし触ると痛い。 あと、左手の手の平の下の方に青痣が。。。。 うーむ。。。ハンドルに重力を任せすぎているのだろうか。 バーエンドバーも付けて、力は分散しているはずなのだが、やはり183キロも乗ると、自分の悪い癖がそういう形で現れてしまうんだろうな。

でもって、もうひとつは自転車と無関係ですが、屋上の配管修理。 これは梅雨前にやっておかないと、屋上が水浸しどころか、水深10-15センチのプールと化してしまい雨漏りの原因にもなりかねないので、素人が道具も使わず悪戦苦闘して、どうにか排水できるようにまで修理した。 金属の長い棒などあれば良かったのだが、最初は腐れかけた木の棒で苦戦、腐った先っぽがさらに排水を妨げ逆効果に。 次はクリーニング屋でついてくるハンガーを2本、真っ直ぐ(実は全然ぐにゃぐにゃ)にして、それで頑張ったが殆ど効果なし。 ふと思いついたのが、スキーのストックの輪っかをはずせば道具になるのではと、車庫にストックを探しに行ったところ、虫取り網を発見。 これは使えるかもしれない。 細めでしっかりとした竹で出来ているし、何と言っても長さが十分にある。 虫取り網を使ったところ、一気に水流が復活し、片方(より重要な方)の排水が完了。 ここまで1時間半くらい苦戦したかな。 あとは屋上を掃除しておしまい。 

もうひとつ加えるならば、梅雨前である必要はないけど、ブログ開設。 梅雨中は自転車に乗れない分、ブログとかで自転車と関わって行きたいなと考えている今日この頃です。

なぜ自転車は中年男を魅了するのか?

なぜ自転車にはまる中年男が多いのか。
40代の父親に限定して言うと、子供がそこそこ大きくなり、休日も1人でか友達と遊びに行ってしまい、手が掛からなくなり、同時に相方も子供に手が掛からなくなるので、自分の趣味に時間を費やしたりするようになることから、必然的に中年オヤジは暇を持て余すことになり、少々メタボも気になるところなので、自転車でも乗ってみるかということになるのかもしれない。 もっとも、ここで「ランニング」にはまる人も少なくないと思うし、それ以外の趣味に没頭する人も当然居るでしょうが、ここは自転車に絞って考察してみたいと思います。

家庭事情が中年オヤジをして自転車にのめり込ませる余地を与えているという点からすると、小さなお子さんを抱え家庭サービスもしながら、しっかりロングライドもしている30代のお父さんは偉いですね。 人気ブロガーの方々の中には、少なからず30代で小さなお子さんを抱えた方もいらっしゃるわけで、上手に自転車に乗る時間を捻出されているなと感心させられます。

さて、切り口は若干変わりますが、ランニングにはまるのは男女同数くらいか、街中を見渡すと、むしろ女性ランナーの方が目立つくらいですが、なぜ自転車にはまるのは圧倒的に男性(オヤジ)なのか?
その原因はは、男性が生まれつき備えている「冒険心」なのではないかと思います。
男の子は小さい頃から、興味のままにフラフラ歩き回る習性があることから、デパートなので迷子になるのも圧倒的に男の子が多いですよね。 女の子はきっとママのスカートをつかんだまま甘えている子が多いのかも。

でもって、小学校になる頃には自転車を欲しがり、小学校も高学年になったり中学生になったりすると、殆どの男の子は「冒険」をするのではないでしょうか。 つまり、普段子供だけでは行けない(行ったことのない)遠くへ、1人で、または数人の友達と遠出するのは、少年時代の「冒険」以外の何物でもなかったのではないでしょうか。

やがて、バイク(オートバイや原付)を手に入れ、大学生になったら車の免許も取り、行動範囲が大幅に広がりますし、彼女とデートするのに自転車よりも車の方がずっとメリットはあるでしょうし、当時(小生の大学時代は80年代)は、「デートと言えばドライブ」というくらい車で出かけることが多かったですし、少年時代から持ち続けてきた「冒険心」も同時に満たされたのではないかと思います。(よく人里はなれた山中とか、地図を片手に冒険したものです)

さらに社会人になると(人によっては学生時代から)、海外出張・海外旅行等で、地球の裏側まで行ったりする機会があるので、少年時代からの「冒険心」は大いに満たされるわけです。 で、40代。 当分宇宙旅行はできそうにないと考えると、「取り合えず行けるところは一通り行ったかな」という感じになり、かつ年齢と共に体力も衰え、無精になり、徒歩10分の距離もタクシーに乗ったり、体を動かす機会も減り、6つに割れていた腹筋も弛み、体重も増え、冒険心などすっかり忘れたメタボ中年と化してしまうわけです。

でもって、冒頭の家族事情もあり、健康のため自転車でも始めてみるかと、軽い気持ちから手を出した中年オヤジが、かつての少年時代の「冒険心」に火が点いてしまった結果、「車では行ったことあるけど、自転車であそこまで行けるだろうか?」「そんなに遠くはないけど、あの辺って行ったことないよな」といった動機で、「暇つぶし」と「健康促進」も兼ね、ロングライドやポタリングに凝るようになってしまうんじゃないかな、少なくとも自分はそんな感じだなぁと思う今日この頃です。

今日は日中は晴れ間も出るくらいの天気で、じてつう往復できました。
帰宅後ちょっと乗ってたら雨が降ってきて断念。

本日の走行距離:   23.6km
累計走行距離: 2,807.4km

3000キロまであと193キロ、6月はあと半月あるけど、梅雨だし、出張もあるし、来月に持ち越しかなぁ。。。 

梅雨の隙間に地味に走る

6/16

今朝は雨が降っていたので、じてつうできず。 しかし、会社に着いてしばらくすると雨は止み、死ぬほど蒸し暑くなってきた。 でもって、天気予報は18時にだけ雨マークが付いている。 一応折り畳みの傘を持って帰宅したが、降りそうな気配はない。 「鬼の居ぬ間に」ではないが、降り始める前に走れるだけ走ろうと帰宅後に出発。 明治通りを新宿靖国通りまで上がり、そこから右折し、靖国通りを走っているつもりが、気が付くと外堀通りに。 あれ? なんでかな? あとで地図で確認しよう。
水道橋まで走り、皇居経由日比谷通りに抜け、帰宅。 

本日の走行距離 23.3キロ
累積走行距離 2830.7キロ (3/23以降)

サイコンベースで3000キロが見えてきました。 あとは雨と出張次第。
それにしても、5万円の自転車購入後、約3700キロ走って、パンクなし、目立った故障なしってのは、なかなかなもんだよね。 MARIN Muirwoods コスパ最高っす!

少年時代に乗っていた自転車

俺は45歳で自転車にはまったわけですが、俺の45年に亘る自転車遍歴(いうほどにはない)について、少し触れてみたいと思う。

物心付く前の三輪車はともかくとして、小学校に上がる頃に持っていた自転車は当然のことながら「補助輪付き自転車」であった。 幼稚園生や小学校1年生が自由に自転車で行動するわけもなく(@東京)、補助付きが当たり前の世界で、家の前(最長200m)くらいをちょろちょろするのが精々の目的である。

でもって、俺は小学校2年生になる1972年4月に札幌に引っ越した。 札幌は少し自転車事情が違い、皆自転車(補助なし)に乗れる。 幼稚園生も小1も。 俺は小2、自転車(補助なし)乗れない。 とても恥ずかしかった。。。 1年生の頃(@東京)は友達との集まりは皆徒歩ベースだった。 しかし2年(@札幌)になると、途端に自転車ベースになる。 自転車に乗れない俺は大変だった。 移動も自転車、俺は走って追いかけていく。 そんな過去があったんだな。。。。 38年前。

多分2年生の終わりか3年生の初めだったと思う。 友達の自転車(補助なし)を借りて運転してみた。 できた! やれるじゃん、俺! いきなり自転車@補助なし、デビューです! 1973年だと思う。 そんな過去もあったのさ。 そんな俺が37年後には月1000キロ乗ってるんだからさ。

さて、にわか自転車に乗れるようになった少年Muirwoodsは、「自転車を買って欲しい」と親に訴えたところ、24インチの自転車を買ってもらった。 これが俺にとって最初の自転車と言って良いだろうな。 これは中学入るまで乗ってた。 多分これで、三鷹から相模湖まで往復したはず。 今は亡きとうのすと。

どんな自転車だったかと言うと、当時流行の派手な装飾はなし、その分軽かったと思う。 ハンドルはママチャリ風で中心部(ステム部分)からやや手前に伸び、グリップの部分に達する前から上向きに少し曲がっているタイプ。 上手く表現できないけど、セミドロップハンドルの逆方向みたいな。 要はママチャリハンドルをちょっとスポーツっぽくしたようなやつです。 これに4年間くらいお世話になったかな。 多分最長のロングライドは小6の時に、三鷹から相模湖往復(80キロくらいかな)したのが記録かと思う。 12歳にしてこのロングライドはまさに冒険以外の何物でもなく、今でも強烈に記憶に残っている。 他に目立ったロングライドはなかったと記憶している。

さて、2台目を買ってもらうに当たり、自分なりに自転車屋さんでカタログとかもらってきて研究を重ね、当時(76-77年)は、10段変速(2×5)くらいが最大で、ドロップハンドルの自転車がすごくカッコ良く見えて、「こういうのが欲しいなぁ。。。」と夢を見ていたのだが、なぜか自分には選択権はなかったらしく、親が買ってきた自転車はセミドロップハンドルの26インチ少年用自転車であった。 ドロップハンドルでなかったのが、なんだかとても残念だったが、ギアも5段だけど着いていたし、中学生や高校生が乗っていても恥ずかしくない体裁だったので、まあいっかという感じで、乗ってました。 中学時代と16歳で原付の免許を取得し、原付バイクを入手するまでの3-4年はこの自転車が唯一の移動手段として活躍してましたね。

少年時代のロングライドとして強烈に記憶に残っているのが、三鷹・相模湖往復なのだが、これが小6の終わりだったか、中1になってからなのかが記憶が曖昧であり、かつ小学校時代に活躍した1台目の自転車で行ったのか、セミドロップの2台目で行ったのかの記憶も曖昧である。 ただ、とうのすがママチャリだったのだけが、強烈に記憶に残っている。

高校生になって原チャリを手に入れてからは、自転車には滅多に乗らなくなったが、逆に大学生になって、四輪の免許を取って車を運転するようになってから、100日の免停を2度(計200日)食らったので、この期間中は原チャリも乗れないため、再び自転車のお世話になることに。 最後は可哀想にボロボロというか錆だらけになってしまったけど、10年近く活躍してくれたという意味では思い出深い1台であった。 実家が横浜に引っ越した際(87年)に処分されたと思う。

相模湖ロングライドに匹敵するような遠距離遠征はなかったと思うが、多摩湖とか西武園、府中競馬場とか、そこそこの中距離は走っていたと思う。 総走行距離は結構なものになったんじゃないかな。

さて、少年時代の2台から、時代は下り、時は90年代、3台目チャリはママチャリでした。 多分92年に購入して、93年は通勤用というか、最寄り駅までの足として頻繁に利用していたけど、遠距離は全然乗らなかったな。 93年秋に引っ越した際に、引越し荷物に入れ忘れたので、自走で移動した際に、明治通りを10キロほど乗ったのが最長だったんじゃないかな。 引越し後は殆ど乗らず、マンションの自転車置き場に放置され、きっとその後処分されたと思う。 可哀想な1台であった。

4台目もママチャリである。 これは98年くらいに購入して、大井町から自宅まで5キロほど走った以外は、家族のものとなり、自分で乗ることは殆どなかったので、カウントできないかな。

つまり若い頃「まともに」乗っていたのは85年くらいまで、短距離で使っていたという意味でも、実質93年以降殆ど自転車には乗っていなかったことになる。 で、時代は17年下り、21世紀、2010年に MARIN Muirwoods と出会うのである。

昨日の走行記録

6/17

今日は往復じてつうだったんだけど、なんと往路はサイコン付け忘れ。 7キロ失った。。。 悔しいので、30度の昼休みにドロ汗かきながら、6・35キロ乗った。 おかしいようだ。 PC起動すると、サイコンが動く。 今日はじてつう14キロに加え、浜松町・銀座・新大久保と走り、実質50キロ、サイコンベースでは43キロ記録。 3000キロまであと126キロ!  土曜日晴れたら一気に達成か? 月曜から1ヶ月長期出張@南半球かも。。。。 南半球でロードバイク借りようかな。 

本日の走行距離 42.77km (ホントは+7キロ)
累計走行距離: 2,8741km (ホントは+7キロ)


むぅ。。。 3000キロ(サイコンデータベース)まであと126キロだ。
週末は雨の予報もあり、来週は日本に居ないかも。 危うい。
誰か、7月でも良いので、僕の3000キロ達成に付き合ってくれません??

あ、酔って来ました。 寝ます。

3000キロ達成!

今日は午後出発でしたが、137キロ走れました。 念願の3000キロ(3月23日にサイコン装着後)達成です! 3ヶ月弱でしたね。 相模湖往復してきました。 詳細は改めてアップします。

ヒルクライム初挑戦 (完結編)

6/19

前夜は飲み会で午前2時半過ぎの帰宅だったので、当日の朝は10時半まで寝坊。 しかも自転車は会社に置きっぱなし。 朝食済ませて、犬の散歩をし、会社に行って、自転車乗り始めたのは12時半頃だったかな。 今日はキツイ南風の予報だったので、比較的直接風の影響を受けない西方面に行くことに決定。 相模湖を目指します。 会社は自宅より5-6キロ東にあるので、西方面へは「マイナスからのスタート」となりますが、甲州街道(国道20号)の始発点(日本橋・皇居・半蔵門)から出発可能です。

ひたすら西に向かって走ること40キロ、日野駅を越えたところで1回目の休憩。 水分(コーラ@120円)補給と栄養補給です。 ここでは、持参した福島みやげのミニロールケーキと、サウジ土産のデイツ(なつめやし)をひとつずつ補給。 カロリー高めとは言え、量が少ないので、500kcalあるかないかだな。 これで、ヒルクライム(垂水峠)にチャンレンジです。 ここまでは、ひたすら「アウター5速」しばりです。 下り坂は6・7・8速も使います。

高尾駅を越えた頃から緩やかな登りが始まり、高尾山口を越えた辺りから、勾配が少しずつキツクなり、本日始めての「アウター4速」に落とす。 喉が渇いてきた。 さっきの休憩から10キロちょっとだけど、このままヒルクライムは辛いなと判断し、登り坂が本格化する前にアクエリアス(500ml@120円)を補給し、垂水峠へ。 最初はアウター4で登れるくらいの緩い勾配が続いていたが、次第に勾配がきつくなり、アウター3でも耐えられなくなり、本日初のフロントミドルを使い始めます。
勾配のキツさもさることながら、登り坂が延々と続くという事態そのものが、スピードを奪うと共に筋力疲労を起こすのか、ギアを軽くしないとキツくて堪らなくなる。 しばらくはミドルで頑張っていたが、最後はインナーまで落として、最後の最後はインナー2速まで落としました。 ヒルクライムとしては初級者レベルと言われている垂水峠ですら、足をつきたくなる。 俺はやっぱりヒルクライマーにはなれそうにないな。 でも、マシンをロードに換えると、こん登り苦手の俺でも、少しは楽に登れるのだろうか? ギア比的に言うと、ロードの方がキツイはずだけど。。。。。

延々と続く登り坂にうんざりしながらノロノロと時速9キロくらいでもがいている内に、あれ、ちょっと景色が変わってきたぞ、100mくらい先の対向車線を走っている自転車が苦しそうに漕いでいる。 もしや峠か? いやいや、単なるトラップかもしれない。 油断せずに進んでいくと、「神奈川県」との表示が現れる。 「県境=峠」である。 思わずガッツポーズ!

で、お約束のダウンヒルとなるわけだが、登ってきた距離に対して倍以上も延々と下った気がする。 つまりこのルートを往復すると、復路の方が倍以上登りが長く、厳しいヒルクライムになるということか。 さすがにこれは躊躇する。 しかし、今から遡ること33-34年前に、12歳だった Muirwoods少年は、ママチャリに毛が生えた程度のかなり重量のある少年自転車で、しかも一緒に登った友人はママチャリで、この峠を往復したのである。 峠までのアプローチ三鷹からだと30キロ程度だったのに対して、今日は中央区からのアプローチだったので、高尾山口まで50キロ超という差はあるものの、マシンの性能差を考えれば疲労度は大差ないはず。 やはり12歳当時の方が体力があったということか。 45歳vs12歳、当たり前と言えば当たり前だが、小6(中1だったかも)の自分に体力で負けたという事実には複雑な気分である。 もっと若い頃からスポーツバイクに乗り始めるべきだった。。。

さて、相模湖に着きました。 

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33-34年前に相模湖に来たときは、何だかとってもリゾート地に来たような高揚感がありましたし、入社直後(87-88年)に車でドライブしき来た時も、まだまだリゾート地な雰囲気は残っており、ボートに乗ったりして遊んだのが楽しかった記憶。 その後も相模湖は通りかかったり、高速道路から見下ろしたり、何度も近くを通過しているけど、多分、相模湖公園(ボート乗り場とかある辺り)に来たとは20数年ぶりだと思う。

で、今回の感想。。。。 滅茶苦茶 Shabby である。 え、こんなに寂れた田舎のボート乗り場だったっけ? 入梅後のパッとしない天気とは言え、土曜日の2時半にこんな状況で、観光地として大丈夫なの? 多分大丈夫ではないのでしょう。 お店の人も皆暇そうにしてました。 本当はここでウドンでも食べようかと計画していたのだが、あまりにも Shabby で、食欲も湧かなかった一方、喉の渇きは強く感じたことから、「ワンコインドリンク」なる店先の自販機を発見し(実際には大半のドリンクは130円だった)、100円で変える「ccレモン」を購入し、喉の渇きを潤した。

長居する場所じゃないなぁ。。。 ということで、垂水峠に戻る気はせず、津久井湖に向かうことにした。 結果として、そちらのルートの方が楽ではあったが、さすがに内陸の山間地であり、津久井湖ルートもアップダウンはかなりあり、インナーを駆使しないと登れない坂がたくさんあると同時に、かなりのダウンヒルも楽しめた。

朝飯が10時半頃で、14時頃にお菓子をちょっと食べただけだったので、往路の60キロ超を考えると、ある程度ちゃんとしたものを食べた方が良いよなぁ。。。 と思いつつも、食欲より喉の渇きが優先させる感じで(恐らく、デイツの腹持ちは想像以上に良いものの、あの甘さと、ヒルクライムによる猛烈な汗による水分の減少が激しい喉渇きとなっているのだろう)、まともに食べることもないまま16時を回った。 前回の利根川遠征の際に、生まれて初めて34年前から気になっていた「山田うどん」を食べた話は書いたが、この時に「100円割引券」をもらっていたので、また山田うどんがあれば良いなぁ。。。と、津久井湖付近を走りながら考えていたら、おぉっーーっとぉ! 目の前に山田うどん出現、びっくりである。 対向車線側だったが、迷わずUターンし、山田うどんへ。 前回同様300円の「冷やしたぬきうどん」を注文し、100円割引券を使って200円で済ますはずが。。。。 なんと割引券は家に忘れてきた。 悔しいので、「きっと1000円以上使った時しか使えないに違いない」と勝手に自分を納得させたが、どうやら「300円」から使えるらしいことが判明。 屈辱の全額支払い。 精算時に店員から「割引券はありますか?」と聞かれ、「家に忘れてきました」と言われたら、同情して50円くらい引いてもらえるかと期待したが、「では次回使って下さいね♪」と言われて終了。 屈辱の300円全額払いである。

さて、うどんを食べ終わったあとも休憩がてら、帰り道を携帯GPS地図で調べてみる。
現在地は16号よりはるかに外側であり、このまま津久井湖に沿って10数キロ走って、やっと橋本に到着し、16号にぶつかる。 これを北上して八王子まで行ってから甲州街道に戻るべきか、16号を少し進んだところから、北東に伸びる道を通るか悩んだ。 国道なら比較的アップダウンは少ないだろうが、この斜めの道というのは、途中に大学や多摩テックなどあり、どうも山道っぽい雰囲気が漂っている。 途中から野猿街道と合流するみたいだが、20数年前この辺りをよく車で走っていたときのかすかな記憶では、クネクネとした山道だったような。。。。。  かなり悩んだが、16号自体も片倉辺りでは結構アップダウンがあったはずでもあり、三角形の2辺を行くより、多少のアップダウンがあっても、底辺の方が早道であろうということで、16号鑓水を左折し、柚子街道(この道は初耳)に入った。 

これが結果としては大正解であり、国道と違ってガラガラであると同時に、若干下り坂な部分こそあれ、上りは全くなく、基本的に平坦な道が延々と30キロくらい快適に走行、あっと言う間に多摩川を越え国立に到着。 ここで甲州街道に入り、調布付近で3000キロ達成!

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甲州街道も調布辺りまで来ると、もう帰ってきたようなものである。 それにしても、甲州街道の「調布~立川」は、道路幅が狭いのに、無理矢理片側2車線にしているので、左車線に車が止まっていると、自転車すら脇を通り抜けられない。 この区間が10キロ以上続き、かなり走りにくい。 次回こちら方面に来るときは別の道を通った方が良さそう。 多摩サイを走るという選択肢もあるが、都内でのエントリー&イグジットがかなり不便(山登りを伴うか、遠い)なので、工夫が必要である。

<本日の走行距離>       136.8キロ
<総走行距離(3/23以降)>  3018.3キロ


6月も1000キロ乗れそうです

6/21

昨日は雨の予報もあり、かつ横浜に車で行かねばならない予定もあり、自転車に乗れるかどうか分からなかったが、チョコチョコと時間を見つけて30キロほど走行した。

現時点までで、6月の走行距離(20日間)は「915キロ」。 いきなり明日から出張とかにならない限り、今月も「1000キロ突破」できそうです。 梅雨入りし、雨が降る頻度は高まったけど、土日の日中は結構晴れて(曇って)くれたので、今月も1000キロ乗れそうです。

金曜日(18日)の未明、いきなり足が攣ったというか、こむら返りのような感じになり激痛が走った。 通常、寝ているときに多少足が攣っても、朝起きてしばらくすると痛みは消えるのだが、激痛で、筋肉を傷めたようなので、丸1日痛かった。 平地歩行や階段の上りはそれほど苦痛ではないのだが、いかんせん階段の下りが激痛を伴う。 参ったな。 自覚症状はなくとも、やはり連日の自転車走行で、筋肉が疲労してきているのだろうか。 なので、翌日の100キロライドは正直自信なかったが、ふくらはぎの筋肉そのものは、あまり自転車で使わない(痛くても、歩くより自転車の方が楽)ので、無理のない範囲で走ろうと決めた。

当日朝はだいぶ痛みも和らいでいたので、遅いスタートだったが、相模湖に向け出発。 でもって、一昨日の137キロを終え、昨日朝は太腿に軽い筋肉痛というか、筋肉の張りを感じたが、それだけであり、金曜日に激痛だったふくらはぎも、何とも無かった。 やはり、全ての痛みと苦痛は自転車によって癒されるということが、改めて分かった。

プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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