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シンガポール顛末


昨夜ジャカルタを発ちシンガポールに一泊、今夜ジャカルタに戻ってきました。

ジャカルタ空港のビジネスクラスラウンジではお酒が飲めるんですが、クレジットカードで入れる
ラウンジはお酒が置いてません。

仕方ないので、売店でビールを2缶購入。 スーパーで買うより3倍くらい高かった(>_<)
ビールを2缶飲んで機内へ。

ほぼ定時にドアはしまったんですが、離陸したのは予定時間より30分くらい遅く、23時シンガポール到着
予定のフライトが到着したのは、23:15。

機内ではワインを5杯ほど飲みましたが、到着する頃にはすっかりと醒めてしまったので、
到着免税店でお酒を物色します。

置いてあるのは、40ドル(シンガポールドル)以上のお酒が大半でしたが、16ドルでゴードン・ジン
(1リットル)が売っていたので悩みます。

ホテルに到着するのは午前零時過ぎ、翌日は8時から打ち合わせ。
飲まなきゃ寝れないけど、どう考えても1リットルは飲めません。

しかもシンガポールは、出発時に免税店で購入したお酒(封印されている)しか機内に持ち込めない
というルールがあります。

しかしまあ、1000円ちょっとなので、ホテルでビール2本飲むより安いかなということで、無駄に
なるのを承知で、購入することに。

でもって、レジに並ぶと、レジ係りから「何泊ですか?」と聞かれたので、「一泊です」と答えると、
「3泊以上しない人には免税価格では売れません」と言われたので、「あ、そう言えば、3泊だった」
と白々しくウソをつき、免税価格でゲットしました(^_^;)

さすがに深夜ということもあって、空港からホテルまでは10分程度で、ホテルにチェックイン
したのが、丁度午前零時くらいでした。

部屋に到着後、最初のアクションは、ルームサービスに電話して、ソーダ2本と氷を注文。
届くまでに15分ほど掛かったので、それまではストレートでジンを飲んでました。

ソーダと氷が届いてからは、ジンのソーダ割り。
ミニバー(冷蔵庫)のソーダも消費し、ソーダ3本分、ジンとしては、ボトルの2割(200ml)飲めたか
どうか(^_^;)

ジン(1リットル)の値段がシンガポールドルで「16」だったのに、ソーダ3本の値段が「22ドル」
ってどうよ?  ホテルの酒飲んでたら、余裕で100ドル超えてたね(^_^;)


でも、夜更かしし、いつもよりも短時間睡眠だったので、朝起きると結構残ってました。

仕事の方は、予想通り「ラスボス」は強敵であり、1時間の会議では説得できず。
今夜もしくは月曜日に持ち越しです。 残念。。。。。。orz

8割方余っているジンは、もしやの期待を持って、機内への持込をTRYしますが、やはり途中で
ブロック。 没収です(>_<)

でも、出発免税店で買った「D.O.M.」は持って帰ります。
このお酒、飲んだことないけど、有名(人気)らしい。

画像は後日アップしますが、アルコール度数が40度で、値段は44Sドル。 2800円くらい。

さて、ジャカルタ着は18時ですが、真っ直ぐ帰宅するか飲みに行くか、悩むところです(^_^;)



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インドネシアで標準時統合は本当に必要か?

ご存じの方も少なくないとは思いますが、現在インドネシアでは、東西に広い国である
ことから3つに分かれている時間帯を、ひとつに統一しようという動きがあります。

以下は日経新聞からの抜粋

(引用)

 国土の東西が米国とほぼ同じ約5千キロメートルにおよぶ島国のインドネシアで、現在3つある時間帯を1つの標準時に統合する議論が加速している。政府は10月28日を移行日の最有力候補とし、関係省庁に調整を指示。全土を中国やシンガポールなど、既に15億人を超えるアジアの経済圏と同じ時間帯に統一することで、ビジネスの効率化や資本市場の活性化を図る。

 西部・中部・東部の3つの時間帯のうち、英国グリニッジ標準時(GMT)に8時間先行する「GMT+8」圏に属する中部時間に統一する。日本企業が多く進出し経済活動の中心地であるジャカルタやジャワ島は「+7」圏にあるため、日本との時差は現在の2時間から1時間に縮まる。

 シンガポールやマレーシアは経度でみるとジャワ島と同じ「+7」圏だが、既に中国と同じ「+8」を採用している。(ジャカルタ=渡辺禎央)


(引用終わり)

日本とジャカルタの時差は2時間(日本の8時が、ジャカルタの6時)ですが、
ジャカルタより西に位置しているシンガポールは、日本との時差が1時間しか
ありません。(本来なら、2時間半くらいなければいけないところですが)

現在ジャカルタの夜明けは朝6時ちょっと前ですが、ジャカルタより西にある
シンガポールの方が1時間早いので、シンガポールでは朝7時でもまだ薄暗い
感じです。(朝6時は真っ暗)

もし、ジャカルタがインドネシア中部時間に統一されてしまうと、シンガポールと
同じ状況になってしまいます。

業務上の理由で夜明け前に起きなければならない、あるいは加齢により、夜明け前に
目が覚めてしまうという方も少なからずいらっしゃると思いますが、私は個人的に
夜明け前に起きるのは好きではなく、実際に起きるのはとても辛いです。

50近い年齢になって、7時近くまで寝てるって、どんだけ寝坊なんだと怒られ
そうですが、私の場合、寝室のカーテンは開けっ放しにしており、6時前の夜明けと
共に段々と寝室が明るくなり、その自然光のおかげで、目覚ましをかけなくても、
7時前には自然と目が覚めるという、自分としては極めて健康的な目覚めでは
ないかと
満足しているのですが。。。。(^_^;)

シンガポールが、実際の日の出時間と関係なく、「GMT+8」にしている理由は
経済的なものらしいですが、インドネシアのように東西に広い国で、同一時間に
統一するメリットがそこまであるのだろうかと若干疑問に感じてます。

私は今まで日本を含め「5つ」の時間帯の場所に駐在し、仕事をした経験が
あります。

1)GMT+9 (日本)
2)GMT+0 (アフリカ) 日本との時差9時間
3)GMT+3 (中東1)     同  6時間
4)GMT+4 (中東2)     同  5時間
5)GMT+7 (ジャカルタ)   同  2時間



さすがに本社のある日本との時差が5時間以上あると、何かと不便ですし、3時間の
時差であっても、主要市場との乖離は、金融市場的には色々と支障があるのも理解
できます。

しかし、1時間くらいの時差なら、それこそ業務上の必要性に応じて、業界ないしは
会社単位で、始業時間を早めるとか、あるいはその必要がある担当者が時差出勤する
ことで、対応すれば良い話であって、時差の影響がない人たちも含め、国全体で
時間帯を変更する必要はない(弊害の方が多い)のではないかと考えてしまいます。

さて、この議論、結末はどうなることやら(^_^;)

●本日の走行距離:   25km (ローラー台)


1ヶ月ぶりのスントゥル・ヒルクライム

シンガポールでの失敗による精神的ダメージのせいか、風邪を引いてしまいました(>_<)
しかも、それだけでなく、右目が真っ赤に充血し、コンタクトが入らないという
トラブルも併発。

風邪はパブロンを服用し症状を抑え、コンタクトは連続装用レンズを中断し、
1日の内、短時間のみワンデーアキュビューを装用することで対応中です。

昨夜も風邪の症状が改善せず、今朝も頭が痛かったので、今日は行くのを止めるか
どうか悩んだんですが、結局少し遅れてのスタートとなりました。

いつものエレベーターショット。

DSCN2829.jpg


まずは出席者の皆さんに「20分ほど到着が遅れるので、先に走り始めておいて
下さい」とのメッセージを入れ、集合時間に遅れること24分、「7:54」に現地
到着となりました。

軽くアップをし、いつものRainbow Hillsに向かいます。
別れ道のところにもメンバーは居ないし、三叉路にも居ません。

もうみんな山頂に向かっているのでしょうか。
三叉路を過ぎて、10%の坂を登り終えたところに、メンバーが数名待機。
いつも止まる場所ではないのにどうしたのでしょう。

ベンチに仰向けに倒れている人が居ます。
そばに居た「Sea Hawkさん」から、「後輩のNMY君です」との紹介が。

どうやら、ベンチでぶっ倒れていたのが「NMYさん」のようです。
起き上がり、屈伸運動を開始。

DSCN2831.jpg


バイクは当地で買ったMTBですが、持たせてもらうと重い重い(^_^;)
推定20kgくらいあるでしょうか。
16kgのMuirwoods号よりはるかに重く感じました。

どうやらNMYさんは、元々陸上部だったそうですが、8年くらいまともに
運動をしておらず、自転車を買って、本日初めての走行、実に8年ぶりの
運動だというのに、並のヒルクライマーですら厳しい、このSentul Rainbow
Hills にチャレンジとは凄いというか無謀というか(^_^;)

ってか、初日にそういうところに連れてくるSea Hawkさんの鬼上司ぶりに
一同驚嘆です。

そんな無謀なことをさせるもんですから、まだ登り始めの箇所で、いきなり
NMYさんは貧血を起こしてダウンです(>_<)

なんと、路上でうずくまり、そのまま路上に大の字でひっくり返ったそうな。
とりあえず、茶屋まで連れて行き、ベンチで寝かせていたところに、私が
到着した次第です。

再スタートには十分な休養が必要なNMYさんと、上司のSea Hawkさんを
その場に残し、残りのメンバーは、別れ道の茶屋まで登ります。

茶屋までトップで先行していたKNGさんと、OMRさん。

DSCN2833.jpg


KNGさんは今日からSPDシューズ&ペダルに切り替えました。

DSCN2834.jpg


フラペでも相当な走力を有するKNGさんですが、SPD化により、倍くらい
速くなったとかならないとか。。。。。この目で検証はできませんでした(^_^;)

MTOさんの後ろ姿。

DSCN2835.jpg


MTOさん、KNGさん、OMRさんの3名は、今年ジャカルタ自転車部に入部
された新しいメンバーですが、既に固定メンバー化しつつあります。

ジャカルタ自転車部、確実に増加してますね!

ちなみに本日のメンバーは以下7名。 盛り上がってきました。

パークラ部長
Sea Hawkさん
「MTOさん」
「KNGさん」
「OMRさん」
「NMYさん」(本日初参加)
「Muirwoods」

クリートに泥が付着して、スタートが遅れた「パークラ部長」到着。

DSCN2837.jpg


さて、私ですが、余裕で写真を撮っているように思われるかもしれませんが、
今日はこの時点で既にグロッキーです(>_<)

昨夜、お酒と風邪薬を一緒に飲んだせいか、ソファーでぶっ倒れてしまい、
ベッドに移動したのは早朝4時過ぎ。
その後、2時間ほどベッドで寝ましたが、朝起きたら頭ガンガンです。
薬とお酒の相乗効果でしょうか(>_<)

そんな状態でのスタートだったのに、最初から飛ばしたもんだから、気持ち
悪くて動けません。

ですので、他のメンバー4人には先行してもらい、茶屋でゆっくり休憩した
のち、頂上までゆっくり登りました。

頂上では、何かのイベントをやっているようで、テントの中には、お菓子や
飲み物が並べられ、白いカバーを被せた来客用の椅子も並べられてます。

私はここでも結構ツラかったので、勝手に椅子を拝借します。
すると、メンバー皆ここに集まって来ちゃいました(^_^;)

DSCN2843.jpg


主催者からは「お菓子もどうぞ」とか言われ、すっかり来賓扱いです。

「今日は調子良ければ自走で帰ろう」と思ってたんですが、この時点では既に
「もう絶対無理」「今日は車で帰ろう」と決めてました。

貧血で倒れていたNMYさんとSea Hawkさんは、さすがに頂上まで来ない
だろうという話になり、取り敢えず出会うところまで下りようかということに
なり、一行5名は下りる準備をしていると、Sea Hawkさん登場です。

そして、どうやらNMYさんも推定20kgのMTBと格闘しながらも頂上を
目指していると!!

そういうことなら出迎えに行かねばと、途中まで降り、NMYさんと合流して
再度頂上を目指します。

1時間半の格闘の末、やっと頂上に辿り着いたNMYさん。
ガッツポーズです!

DSCN2844.jpg

DSCN2845.jpg

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DSCN2848.jpg


そうこうしている内に体調が回復したので、やはり当初の予定通り自走で
帰宅(50km超)することにしました。

今日は仕事が溜まっていたので、というか大至急案件を抱えているので、12時過ぎには帰宅したかった
という事情もあり、皆さんには挨拶できず、戦列を離れます。

唯一、Sea Hawkさんだけにはご挨拶できました。

DSCN2851.jpg


続きは次回。

本日のコース

●本日の走行距離:  77km(実走)



Sentul / Jakarta 50km+

昨日の記事の続きです。
なぜ皆さんに挨拶できずに戦列を離れたか。

それは、私の下りが極端に遅いからです(^_^;)

私は元々「コーナリング」と「ブレーキング」が苦手なので、曲がりくねった
下り坂(そういう道は勾配もキツイ)は苦手です。

でもって、CAAD10にオリジナル装着されているタイヤは滑りやすいようで
(超軽量アルミなのに完成車価格を安く抑えるため、タイヤとかは安いものを
使ってるのか?)、ジャカルタに来てから、下りでかなり危ない事故直前の
事態を経験したこともあり、「下りはゆっくり走る」ことに決めてます。

なので、下りでは全員に抜かれ、ビリで下山がデフォルトです。
しかし昨日は初参加のNMYさんが居られたので、下りとは言え、時々現れる
登りで苦戦したのか、最後の最後で追いつきました。

上司である「Sea Hawkさん」も引率同行です。

なので、普通の速度で下りて行った先行部隊には挨拶できず、Sea Hawkさんと
NMYさんにだけ挨拶して、ジャカルタに向かいました。

距離的には50kmちょいなんで、空いていれば2時間もかからないのでしょうが、
インドネシア(ジャカルタ周辺)はとにかく渋滞が酷い。

結局2時間半くらい掛かって帰還です。

まあ、渋滞するのが当たり前、空気も汚いので、自走で帰りたくないという人が
多いのも分かるんですが、下りが苦手な私にとって、「下りというご褒美目当てに
登る」というインセンティブ(動機づけ)も働かず(^_^;)

私はスキーヤーだった割には自転車の下りは苦手です。
タイヤに対する信頼度が低いかなのか、雪面ではなくコンクリートで、転んだら
骨折や大怪我が怖いからでしょうか。

その点、平地は大好きです!
自分の体力と脚力でスピードを出す。
ブレーキをかければすぐ止まる。

なので、思う存分スピードが出せますよね♪

●本日の走行距離:   4km (朝ローラーのみ)

今夜は歓送迎会です。




昨夜の宴会で思ったこと

昨夜は会社の歓送迎会がありました。
弊社のジャカルタ駐在員は、来たばかりの人の一部を除き、殆どの駐在員がゴルフ好き
なので、会社の宴会だと、ゴルフの話題が非常に多くなります。

私もゴルフの練習を始めてますし、今週末はジャカルタ赴任以来3回目と4回目のコースに
出る予定(初の土日連続)ではありますが、皆さんの高度な話題には全然ついていけません(^_^;)

すると、どうも居場所がないんですよね。。。。。。

それでも、最後までちゃんとお酒が出てくるなら、ひたすら無口に飲んでれば良いんですが、
昨夜は途中でお酒が出てこなくなり、飲まずに皆さんのゴルフ談義を聞かねばならないという
後半はちょっと退屈な時間帯でした。

流れでカラオケに行ったグループも複数あったようですが、どうもそういう気分になれず、
独り行きつけの飲み屋(樹林)に行って、飲みなおすことに。

仕事上の難題もあり、飲まずには(酔わずには)帰れない心境でもあり(^_^;)

普段ですと、こういう状況で付き合ってくれる、「ゴルフをやらない」同僚(彼はウィスキーの
ダース買いをしてくれる貴重な友人)と一緒に飲みに行くんですが、生憎彼は出張中だった
こともあり、私独りで行ってきました。

2軒目の店に着いたのが22時頃だったでしょうか。

まあ、小一時間、遅くとも23時には出ようと思ってたんですが、月曜日だったこともあり、
お客さんが少なく、いつもは忙しくお客の対応をしている店員(インドネシア人女子)が
5人くらい暇そうにしていたので、折角なのでインドネシア語の練習をしようと、女子達を
相手に飲んでいると、女子達がお酒を飲ませて欲しいと言い出します。

大した量は飲めないので、私の入れているボトルから少しだけお裾分けしましたが、
人数が多いこともあり、ボトルが空になってしまいました(^_^;)

丁度良いタイミングと思い、会計をして店を出ようとすると、「お客さん、もう1本入れて
くださいよ」と女子達に催促され、すっかり酔っ払っていた私は、勢いに負けて、店のボトルを
1本(安いやつですが)入れてしまいました。

普段はボトル持参(1本2000円取られる)なんですが、そのボトルは5000円だったので、
実質3000円の負担かと、つい気が大きくなり(^_^;)

というのも、私が破格の安値で仕入れているダース買いのウィスキーが、1本3000円弱なんですよ。
同じものではないとは言え、3000円+持ち込み料2000円で、結局ボトル1本当たりのコストは
5000円はするので、まあ同じかなと(^_^;)

結局、帰宅は午前様でした(>_<)

以下は「樹林ギャルズ」です。


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北朝鮮国営レストラン「平壌」

先週&先々週は、いずれも日曜日から金曜日まで取引先の出張者が来訪していたので、忙しい
毎日でしたが、将軍様が亡くなられてから一度も行ってなかった北朝鮮レストランに2度も行って
しまいました(^_^;)

最初に行ったのは去年の11月であり、まだ正日氏が存命な頃でしたが、初めてでしたので、
緊張すると同時に新鮮で感動しましたが、2度目となると感動も半減、ましてや5日のインターバル
で3度目に行った際には、「もうしばらく来なくていいな」って感じでしたね。

酔った勢いで、500円払って「スペシャルVIPメンバー」になったことは内緒です(^_^;)

なぜ2回も行く羽目になったのか。

最初のお客さんを引率してきたのは、私の前任者であり、昨年11月に初めてこの店に連れて
きてくれた人物なんですが、取引先の方6名を接待するため、当初は普通に美味しい韓国料理屋に
行く予定で、予約もしてたんですが、突然当日の夕方になって、「北朝鮮レストランって珍しいものが
ジャカルタにはあるんで、行ってみます?
」と言い出し、お客さんも興味を示したので、美味しい
韓国料理屋はキャンセルして、北朝鮮レストラン「平壌」に行ってきました。

まあ、私も半年振りだったんで、久しぶりの雰囲気に結構楽しむことができました。

でもって翌週。
これまた社内の出張者がお客さんを2名連れて来てたんですが、「北朝鮮レストランに行きたい」と
突然言い出しました。 

「なんでまた?」と思ったんですが、そう言えば、前回12月に同じお客さんが来て滞在中に丁度
昼飯をとっていたレストランで、「金正日死去」のニュースが流れ、「そう言えば、北朝鮮レストラン
がジャカルタにあるんですよ!」という話題になり、「でもさすがに今夜含め数日は喪に服さねば
ならないので開店してないだろう
」ということで諦めた経緯があったんですね。

実際、4日間喪に服していたそうです。

そういう経緯があったので、「今回こそ!」ということになったんですね。
というわけで、写真をいくつかアップします。

動画も撮影したので、時間のあるときにアップしますね!


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走行距離の管理が出来てない(^_^;)

日本に居た頃は、13ヶ月連続「月1000km超」とか走っていて、長距離を走る(1回が短くても、
月の合計は最低でも1000kmは走る)というのを自分に課していたので、月が終わると必ず、
「何月の走行距離」という記事をアップしてました。

当時は常に「今日までで何キロ」と把握していたし、月の最終日が終わると、必ずエクセル管理を
していた走行実績を確認・分析し、遅くとも3日以内には記事にしてましたが、ジャカルタに来て
から、一度も月1000kmを記録していないこともあり、そのモチベーションがダダ下がり。。。orz

走行距離はガーミンに記録されているので、いつでも作表できるんですが、4月8日を最後に
表のアップデートが止まってます(^_^;)


なので、4月に何キロ走ったか、5月に何キロ走ったか、良く把握できてません。
いずれの月も、少なくとも1回は100km超えがあったし、基本毎週自転車に乗っていたので、
多分月400km前後くらいは走れてると思うんですが、要確認です。

ちなみに今週末は3ヶ月ぶりのゴルフなんですが、偶然が重なり、土日連続となってしまいました。
なので、残念ながら、今週末は自転車に乗れません(>_<)

●本日の走行距離:    580m (朝ローラー) ふざけた数字ですね(^_^;)




ラスボスも強いが。。。。

今日は仕事の話で失礼します。 しかもつまらない(^_^;)

以前のブログでも何度か触れた件ですが、5/25に申請を上げた案件が、現地法人社内で、

1)審査担当
2)審査課長
3)審査部長
4)副社長(管理部門責任者)
5)社長(バリバリ営業マン)

と、これだけの人のハンコをもらうのに要した時間は、わずか1日。
このあと起案はシンガポールに上がる訳ですが、シンガポール在のボスが
ジャカルタに出張に来ていたので、直談判してクリア。

このあとボスが2人居るんですが、ラスボスは強敵なので、出張に来ていた
直属ボスより、「シンガポールまで来て直接説明した方が効果的」と言われ、
先週金曜日、赤道を越えて、シンガポールまでラスボスと対決するために
行ってきました。

この間にシンガポール側で以下のハンコがつかれます。

6)直属上司
7)審査部長
8)投資部長
9)CFO

でもって、10番目のラスボスとの対決ですが。。。。。

結果はあえなく敗退。。。orz
このあと、ラスボスから直属の審査部長、投資案件担当部長に色々と指示が出ました。

本件は信用リスクも大いにあるのですが、基本的には投資案件なので、以後は
投資部長が本件をハンドルすることに。

さっそく金曜日の午後は投資部長と打ち合わせ、課題を確認し合って、私は帰途に
就きました。

でもって、翌日土曜日中に審査部長・投資部長の双方から分析結果のメールが入って
いたので、私も週末ですが、仕事をしないわけには行きません。

日曜日は午前中自転車に乗りましたが、土日のかなりの時間を、この申請書関係に
費やしました。

でもって、すぐに月曜日にラスボス(総支配人)に申請書を上げてくれると
思いきや、今度はこの投資部長が強敵に変化(へんげ)。

このオッサン(俺より若いけど)を説得するのに3日掛かりました(^_^;)
何度も申請書の書き直しを命じられ、ラスボスに申請書が提出されたのは、水曜日の
夕方。

さらに待たされること2日、本日夕刻やっと承認が下りました(^_^;)

取り急ぎ、速攻で3件合計で1億円くらいの発注作業を完了。
同時に、フライングで船積みさせていた部材(14百万円くらい)の通関手続きに
時間を費やし、そのあと夜になってから、次のステップである、6億円の申請書を
書き上げました。

前回の反省で、申請書を完璧にしてから上げるというのを止め、とにかく半生でも
速く上げること、今回はこれで行きます。

これも通るまでに時間かかるのは確実なので、初期動作が大事ですよね。

それにしても、重要取引先から早期発注依頼を受けたのが、5/22(火)。
出張もキャンセルして申請書を書き上げたのが、5/25(金)。
でもって、承認を得るのに2週間も掛かってしまいました。

日本企業って、決断にどうしても時間が掛かってしまう体質がありますよね。

今日は100%仕事の話で失礼しました(^_^;)

●本日の走行距離:  0km (朝寝坊と残業により)




週末は連荘でゴルフです

今日は3ヶ月ぶりのゴルフでした。
去年7月と今年3月と過去3回のゴルフではボールを1つもなくさなかったのに、
今回は10個くらいなくしました。

以前は全く距離が出なかったので、ボールをなくしようがなかったのが、多少
距離が出てきたことから、ペナルティーエリアや川などに入れてしまい、ボール
がなくなり、ペナルティーばかりで、スコアも散々でしたね(^_^;)

今日の面子はスキー部関連で、大学時代のスキー部後輩が2名、会社のスキー部
後半が2名、同業他社のスキー部同期が1名、その他で合計8名でした。

でもって、明日も午後からゴルフです。
午前中にゴルフをやると、昼から飲んでしまうので、1日が潰れてしまいますね。

結局、今日も2時前から飲み始めて、5時頃まで宴会。
市内に戻る車の中でも、大学時代の後輩2名と同じ車に乗り、ビールを買い込んで
車内でも宴会が続き、かつ後輩の住んでいるアパートのプールサイドで7時過ぎ
まで飲み続けてました。

現在8時ですが、もう寝ます(^_^;)

明日はゴルフのあと、出張でバンドンに行き、一泊。
明後日は午前中バンドンで仕事して、午後にジャカルタに戻る予定。



事故ってしまいました(>_<)

まずは速報です。
6/10午前9:30頃、ジャカルタ市内を高速走行中、道路のど真ん中に、どでかい穴が開いており、
これに乗り上げたらパンクは必至と思い、ギリギリのタイミングで避けたところ、バランスを
失い、左側に転倒。。。。

大腿骨(股関節)と鎖骨、さらに肋骨を4本折るという大怪我をしてしまいました(>_<)

優しいインドネシア人に助けてもらいました

病院のベッドの上で書いてます。

40km/h近いスピードが出ている状態での転倒だったので、左方向への転倒によるダメージもさること
ながら、そのままコンクリートの道路に擦られた状態で20mくらい惰性で進みます。

当然体中が擦り傷だらけですが、幸いヘルメットは被っていたので、頭部への致命的なダメージは
避けられました。

もっとも、頭も擦られたので、出血はかなりありましたが。

全身打撲で呼吸ができず、気絶しそうになりましたが、かろうじて意識は維持。
でも、全く身体が動きません。

車道に自転車と一緒に寝っ転がった状態から動けないので、極めて危険な状況です。

幸い道路はそれほど混んでいなかったので、後続車に轢かれることはなく、心優しい後続車は止まって
様子を見に来てくれます。

私は車道のど真ん中でひっくり返ってたので、不注意な車が走ってきたら、そのまま轢かれて死んでいた
かもしれません。

しかし、その優しい車の人は、私と私の自転車をプロテクトするかのように駐車し、下りてきてくれます。
英語は片言のインドネシア人でした。

優しい人: 大丈夫ですか?
私: 全然大丈夫ではありません。。。。 (息も絶え絶え)
優: 動けますか?
私: 全く動けません。。。。。
優: それでは歩道まで運びます。

というわけで、私は優しい人2名に抱きかかえられて歩道に運ばれます。
まだ、まともに呼吸ができません。

優: 大丈夫ですか?
私: ダメです。。。。。
優: 歩けますか?
私: 歩けません。。。。
優: お住まいは?
私: ここから2kmくらいのところです。
優: それでは運んであげましょう。

運よくバンタイプの車だったので、荷物を除けて、自転車を入れる場所を確保してくれます。
自転車の畳み方までは知らなかったので、息も絶え絶えになりながら、手まねで、クイックリリースの
存在を教えます。

何とか畳んでもらって、自転車を荷台に積み込んでもらい、私も再び抱きかかえられ車に乗せて
もらいます。

アパートまでは5分の距離なのですぐにつきますが、まともに口のきけない私に代わってアパートの
スタッフに状況を説明してくれた優しい人は、最後まで心配そうに見守ってくれましたが、私が車椅子に
乗せられ、病院に連れて行かれるのを見て、やっと帰途につかれました。

動揺していて連絡先を聞き忘れましたが、ちゃんとお礼をしなければいけませんね。

●話は飛びますが、無事手術は終わり、ブログ記事を書けるくらいまで回復してます。
会社には大迷惑をかけてしまいましたが。。。。。

色んな意味で、当分自転車には乗れそうにありません。。。。。

どこの国で手術を受けるべきか

術後のリハビリを始めたばかりで、まだ松葉杖さえまともに使えないMuirwoodsでございます。

さて、インドネシアの医療事情は一般論としては良くないと言われてます。
なので、シンガポールや日本などの先進国で健康診断を受けるために年1回の「医療休暇」が
認められております。

病気や怪我の場合でも、インドネシアの病院では対応できない(適さない)場合は、シンガポール
などの医療機関で対応することが認められております。

しかしながら、以前記事にしたように、歯医者のレベルとかはかなり高く、全く問題なく治療することが
できたという例もあります。

事故直後は全く動けなかったにも関わらず、「今日の接待ゴルフには行けるだろうか」などという
低次元のことしか頭に浮かびませんでしたが、大腿骨(股関節)が折れていると分かったときには
「シンガポールでの治療もあり得るかな」と頭をよぎったのは事実です。

しかしながら、大腿骨や鎖骨の接合手術というのは、それほど高度な技術を要するものではないらしい
という情報や、担ぎ込まれた病院のドクター(中華系インドネシア人と思われる)が流暢な英語で、
「私は英国で研修し、シンガポールでも10年近く勤務してたので、この手の手術は1000例以上
経験がある」と自信満々で説明してくれたことで、「ジャカルタで手術しても問題なさそう」と心が
90%傾いてました。

病院到着後、緊急連絡先を聞かれ、いつもジョニ黒をダース買いしてくれる、総務担当の同僚の
連絡先を病院に伝えたところ、彼はすぐに病院に駆け付けてくれました。

彼の助言によると、「ジャカルタでやるか、シンガポールでやるかは、ジャカルタ日本人会の
医療アドバイザー(日本では医師免許を持っている)の意見を聞いてみてはどうか」とのこと
だったので、アドバイザーへのコンタクトを試みます。

アドバイザーからの助言は、「鎖骨だけならインドネシア国内で問題ないと思うが、股関節は
残る人生の歩行に大きく影響を残す部位なので、シンガポールで手術を受けた方が良い」との
ことでした。

その理由として、医師の腕や経験(執刀回数)がだけでなく、インドネシアの衛生管理には不安が
あり、消毒等の基本的な管理はできていたとしても、スタッフの未熟さから来るトラブル(細菌の
混入等)の可能性も、シンガポールより高いと思われるゆえ、飛行にに乗せられないとか、
病状的に1日を争うような状況でないのなら、シンガポールで手術を受けた方が良いとの助言が
ありました。

ジャカルタであれば、100万円かかるか掛からないかというレベルの治療費が、シンガポールに
行くとなると、輸送方法次第ではあるものの、何倍もの費用が掛かる恐れがあり、「自分でリスクを
取れば良い話だろ」という感覚で、ジャカルタでオペを受けることでほぼ気持ちは固まってました。

その後、提携している医療サービス機関である「SOS」の意見も聞いた方が良いのではという話に
なり、SOSの医師も病院にやってきました。

既にジャカルタでのオペ開始が18時の予定で、SOSが来たのは17時頃。
決断までに時間はありません。

ジャカルタの医師や、その病院のコンセプトとして、「シンガポール等で受けられる高度な医療
サービスをインドネシアで実現する」というものであり、その医者もそういう考えで自信を持って
手術に臨もうとしていることが、ヒシヒシと感じます。

それにSOSにしても医療サービス機関とは言え「営利企業」であり、自社所有の特別専用機で
シンガポールに飛ばした方が、ビジネスとして好ましいという事情も否定できません。

非常に悩みましたが、まだその時点では80%「リスクは個人で負うので、ジャカルタで手術」
というものでしたが、決め手となったのが1千万円近い費用を負担する「インドネシア法人」の
社長からの伝言です。

「本日中に手術しないといけないという事情がない限り、シンガポールで治療を受けて下さい」
というものでした。

この一言で、ジャカルタで良いという気持ちが、一気にシンガポールに傾き、タイムリミット
ギリギリの17時半過ぎに、「ここでの手術はお断りします」とドクターに伝えると、非常に
やるせない顔をされたのが、強く心残りとはなりました。

続きは後日。


シンガポールへの緊急搬送(医療搬送用・専用ジェット)

術後、まともに歩けず、松葉杖と格闘中のMuirwoodsでございます。
今回以降の記事は、自身の備忘録であると共に、将来同じようなことを経験される方の参考になるかと
思い、ちょっと詳しく書こうと思います。

さて、事故当日(6/10)は、全身の激痛で、担ぎ込まれた病院のベッドの中で、1センチ身体を動かす
ことすらできない状態でした。

なので、ストレッチャー(移動用のベッド)から病室のベッドに移動することもできず、シーツを何人かで
持って移動させるとか、専用のスライド板を使って移すとか、本当に腕から先以外、身体のどこも
動かせないという異常事態に陥ってました。

18時前に、シンガポールへの搬送が決まったものの、SOS(医療サービス機関)が所有している搬送用
医療特別専用機は、まだシンガポールに居て、シンガポールを出るのが22時頃、ジャカルタ空港に
到着するのは23時半、ジャカルタ出発は翌日の午前1時と聞かされました。

でもって、SOS手配の救急車(空港までの特別搬送車)が、ジャカルタの病院にピックアップに来るのは
23時とのこと。

18時から23時の間は、手術を断った病院のお世話になるしかありません。
ふと気づくと点滴は止まってます。
ナースも事情が分かっているのか、放置状態です。

当社(インドネシア法人)からは、副社長と総務部長、アドミ担当の研修生の3人が応援に駆け付けて
来てくれました。 (総務部長は、今まで何度かブログ記事で触れた、ジョニ黒ダース買いの同僚です)

パスポートはいつも会社のデスクの鍵付き引き出しに保管していることから、副社長に鍵を渡し、
取ってきてもらいました。
シンガポール滞在用の衣料や洗面道具、コンタクトレンズ、メガネなどは、総務部長にアパートまで
取りに行ってもらいました。

22時過ぎ、SOSのスタッフが数名到着しますが、彼らは空港での出国手続きに要するパスポートの
受取りと、機内預け荷物の引き取りのみしか対応せず、搬送用の救急車は未着です。

23時近くになって、やっと救急車と救急スタッフ(ドクター)が到着します。

SOS所有の医療搬送用特別ジェット機はシンガポールからドクターと共に飛んでくるので、ここで
担当してくれるドクターは、ジャカルタ空港までの任務です。

必要事項をチェックし、血液検査などを行います。
私がベッドからストレッチャーに自力で移動できないので、今度はSOS所有の特殊器具を使って
ストレッチャーに移し替えてもらいます。

SOS既定で、搬送には1名同伴できるとのことで、友人でもある総務部長が同伴を買って出て
くれます。

23時過ぎ、やっとSOS所有の救急搬送車に搭載され、サイレンを鳴らして空港へと向かいます。
出国手続きも通常とは全く異なり、私は寝たままで出国手続き完了です。

緊急搬送用特別ジェット機の機体まで救急車で横付けします。

担架の中から、無謀にも撮影(^_^;)

Makasar-20120611-00861.jpg


SOSシンガポールからドクターが2名乗ってきました。
この2名に見守られながら、5分に1回血圧を測られ、搭乗中ずっと指にサックをはめられ
血中酸素濃度を計測され、鼻には酸素チューブを入れられ、重病人のように搬送されました。

搬送される患者を含めて、8人くらいは乗れる飛行機でした。

正直言って乗り心地は悪かったですが、1回200万円もするサービス、贅沢は言えません(>_<)

午前2時頃、シンガポール空港に到着です。
ここにもSOSシンガポールの救急車が待機しており、ラッフルズ病院(Raffles Hospital))へと搬送
されましす。  ドクターは特別機に乗っていたドクター2名が付いてきてくれます。

到着したのは一昨日(6/11)未明、午前3時過ぎでしたでしょうか。

待機していた当直医(外科医)から説明を受けます。
同伴してきたドクター2名と、総務部長も同席し、当直医の話を聞きます。

持参したレントゲンを見て、当直医のコメントは以下の通り。

「鎖骨は複雑骨折でもないし、ズレも酷くないので、手術は不要でしょう」
「鎖骨バンドで6週間あれば治せます」

「大腿骨(股関節)は処置方方が2通りあります」
「今回折れているのは、骨頭と言って、尾てい骨と一体になり、股関節を形成している部分で、
球状をしているが、これがステム(!) 棒状の部分と乖離して骨折しています」

「若い人(30代くらいまで)なら、悩まず折れて離脱した自分の骨頭とステムとボルトで固定する
形で、異物を使わずに処置します」「この方法だと、元通りに治る」

「しかし60代以上の老齢の方は、骨頭が壊死するリスクが高いことから、骨頭は取り外し、
金属製の人工骨頭を入れることで、人工関節を作るのが一般的です」
「貴方の場合は、今年48歳という年齢ですから、微妙なところです」

「明日、下半身の専門医と相談の上、手術方法を決定します」

以上が当直医の説明。
正直なところ、シンガポール訛(シングリッシュ)が酷く、何度も聞きなおさないと言っていることが
分からず、ジャカルタのドクターの方が良かったなぁ。。。。と思いました。

ちなみにジャカルタのドクターの見解は

「鎖骨はプレートを入れて固定」「股関節は骨頭を金属製に換える、骨頭置換」

というものでした。

長くなってきたので、続きは次回。



インフォームド・コンセントの重要性 (自転車転倒骨折事故・手術)

前回」の続きです。 (一部繰り返しになります)

今回身をもって体験した事実に基づき、今後「大腿骨(骨頭部・股関節)」を骨折された方が見ても、
参考になるよう、今回は詳しく書いてみることにしました。


持参したレントゲンを見て、シンガポールの病院・当直医のコメントは以下の通り。

「鎖骨は複雑骨折でもないし、ズレも酷くないので、手術は不要でしょう」
「鎖骨バンドで6週間あれば治せます」

「大腿骨(股関節)は処置方方が2通りあります」
「今回折れているのは、骨頭と言って、尾てい骨と一体になり、股関節を形成している部分で、
球状をしているが、これがステム(!) 棒状の部分と乖離して骨折しています」

「若い人(30代くらいまで)なら、悩まず折れて離脱した自分の骨頭とステムとボルトで固定する
形で、異物を使わずに処置します」「この方法だと、元通りに治る」

「しかし60代以上の老齢の方は、骨頭が壊死するリスクが高いことから、骨頭は取り外し、
金属製の人工骨頭を入れることで、人工関節を作るのが一般的です」
「貴方の場合は、今年48歳という年齢ですから、微妙なところです」

「明日、下半身の専門医と相談の上、手術方法を決定します」



以上が当直医の説明。

正直なところ、シンガポール訛(シングリッシュ)が酷く、何度も聞きなおさないと言っていることが
分からず、ジャカルタのドクターの方が良かったなぁ。。。。と思いました。

ちなみにジャカルタのドクターの見解は

「鎖骨はプレートを入れて固定」「股関節は骨頭を金属製に換える、骨頭置換」というものでした。

「骨頭を交換せずに自骨を使って処置する方法もある」とは、ジャカルタ日本人会医療アドバイザー
からも聞いていたことでした。

ジャカルタの医者はしっかりしていて信頼できそうな方でしたが、改めてシンガポールで別の
医師のコメントを聞いたときは、「確かに、セカンドオピニオというのは必要だなぁ」と思いました。

しかし、シングリッシュが解り難かったのと、「専門医に相談の上、手術方法を決定する」と
言われたのが気になり、「でもって、執刀されるのはどなたでしょうか?」と聞くと、当直医は
「私です」との回答。

少し不安になり、「ドクター、貴方の専門分野は何でしょうか?」と聞くと、「背骨が専門」との
回答でした。

私は素人なので、「背骨専門の外科が、大腿骨(股関節)を手術すること」の妥当性が全く
判断できません。

不安そうな顔をしていると、ジャカルタから搬送してきたSOSのドクターから、「SOSに日本人の
外科医さんが居るので、彼女の話も聞きますか?」と聞いてきたので、「是非お願いします」と
回答し、その晩(と言っても翌朝4時過ぎでしたが)は、血液検査や点滴などして終了し、就寝
しました。

そうそう、手術予定の脚は伸ばしておいた方が良いとのことで、500gくらいの錘を付けられ
踵の先を引っ張られるような形で固定されました。(これが後刻、非常に負担となる)

同伴してくれた総務部長には、「ホテルを取って、そちらで泊まっては」と提案したんですが、
「まあ、時間も時間だし、朝までここで待機しますよ」と、ほぼ寝ずの同伴をして頂いちゃいました。

彼にはいつもジョニ黒ダース買いで世話になってますが、今回は何から何まで本当にお世話に
なってしまいました。 ありがとうございます!

手術は到着当日の夜、6/12の19:30頃と決まりました。
というか、執刀医の空いている時間がそこが最速らしかったようです。

もうひとつ忘れてましたが、6/11朝は早朝にグレープフルーツ半分を食べて以来、18時に予定
していた手術用の麻酔があるので、入院後絶食を求められており、13時以降は水も飲めず、
シンガポールの病院に着いたときには、痛みもさることながら、腹が減って仕方ありません。

ドクターに何かないかと尋ねると、サンドイッチくらいはあるとのことで、出してもらいます。
出て来た瞬間、食べ切りました(^_^;)

同伴してくれた彼も同じく空腹だったので、私のサンドイッチを持ってきてくれた人に、「私も
何か食べたいので、何かあるか?」と聞くと、「既にキッチンは閉まっているので、売店で買って
下さい」との回答。

しかし、彼も突然準備もなく特別ルートでシンガポール入りしたので、手持ちの現地通貨が
ありません。 つまり、買いたくても買えない。 カードも使えない状態。

私は既に食べ終えており、非常に申し訳ない状況になったのですが、幸い食事を運んできてくれた
女性担当員が手持ちで持っていたお菓子を彼に支給してくれました。

(相変わらず、文章が長いなぁ。。。。)

--------------
6/11の朝になります。

踵は引っ張られていて不自然でしたが、ほぼ不眠で明け方5時前だったこともあり、2時間くらいは
眠れたでしょうか。

7時過ぎに朝食が出て、8時過ぎに突然見たことのない4人が病室に現れます。
どうやらSOSのスタッフのようなのですが、最初は単にSOSシンガポールの日本人担当窓口かな
と思ったんですが、30歳くらいの若い女性の名刺をもらうと、なんと彼女が日本人外科医でした。

他に40代くらいの現地人ドクター(SOS所属)、SOSの女性スタッフ、病院のMarketing担当者でした。

ちなみにSOSは「医療サービス機関」であり、緊急搬送時の同伴ドクターや、相談ドクターは多々
居るようですが、実際に手術を執刀することがあるのかどうかは分かりません。
また保険会社ではないので、実費プラスSOSの経費&利益を乗せた金額の請求がありますが、
登録していれば、全てSOSが立替払いしてくれ、後日支払で済むというサービス。

その女医さんが「私は整形外科医です」と自己紹介したので、最初はちょっと違和感を感じましたが、
整形外科っていわゆる顔の整形手術をする医者ではなく、以下の定義なんですってね。
初めて知りました(^_^;)

「整形外科は身体の芯になる骨・関節などの骨格系とそれを取り囲む筋肉やそれらを支配する神経系からなる「運動器」の機能的改善を重要視して治療する外科で、背骨と骨盤というからだの土台骨と、四肢を主な治療対象にしています。」

さて、女医さんの説明は、「弊社がアポイントした執刀医に不安があると伺いました」というところから話が
始まり、だいたい以下のような説明がありました。

「まず、整形外科の手術の中で、背骨や脊椎は難しい分野であり、鎖骨や下肢などは、研修生にもやらせる
くらい、比較的難易度の低い手術である」
「従って、背骨・脊椎の専門医が下肢や鎖骨の手術をやるというのは、一般的に良くある事例」

「但し、手術というのは患者と執刀医との信頼関係というのが非常に大事であることから、患者さんが
コミュニケーションの問題も含め、不安を感じるのであれば、変更も検討すべきだろう」

「術後の痛みは主に切開部の皮膚の痛みであるので、手術中は全身麻酔なので感じないとして、骨が
折れていて痛い術前と、切開部が痛む術後で、どちらがより痛いかは何とも言えない」(私の質問に
対する回答)


以上のような説明があったので、私からは以下の依頼をしました。

「専門医が好ましいが、経験・技術次第であり、十分な経験・技術があるなら、専門医には拘らない」
「但し、執刀予定の外科医がどのような経験があるのか分からないので、一度調べてみてもらえないか」

上記依頼に対し、「SOS内部での相談の結果、病院とも相談し、また戻ってきます」とのこと。

すると、1時間もしない内に、SOSの女医さんが戻ってきて、「ご依頼に基づき、担当医を変更しました」
との報告が!

え? 替えてくれとまで言ってないけど。。。。。と戸惑いますが、その理由についても、ちゃんと説明
してくれました。

「患者と医者は信頼関係が非常に大事です」
「折角高額な私立病院に入院したのですから、自分がベストと思える医師に執刀してもらうべきでしょう」
「幸いこの病院には、股関節の専門医が居ます」
「彼が今日明日執刀可能と言っているので、彼に変えたほうが良いとSOSとして判断しました」

おおお、かなり自信ありそうだぞ。
まずは、その本人と会ってみようということで、彼(Dr.Andrew)を紹介してもらいました。

Dr.Andrewの英語は非常に分かりやすく(シングリッシュではない)、説明の仕方も理論だっており
非常に分かりやすい。

<鎖骨>

「オペなしでも、鎖骨バンドを使うことで自然治癒は可能だが、微妙なズレは残る可能性あり」
「今回の鎖骨は複雑骨折ではないし、バラバラになっているわけではないが、そこそこずれて
いるので、自然治癒も可能だが、左右のバランスを維持したいなら、プレートで固定することをお奨めする」

<大腿骨(骨頭・股関節)>

「骨頭置換と自骨をボルト留めするという2つの方法がある」
「年齢の問題もあるが、レントゲンを見る限り、本来の角度より既に20度ほどずれている」

「事故後時間が経った段階で20度ずれているということは、事故(打撲)の衝撃で直後はそれ以上
激しくずれた可能性が高い」
「そうなると、年齢の問題に関わらず、骨が壊死している可能性が非常に高い」

「壊死している可能性の高い骨を使っても、再手術は不可欠と思われる」
「一方、骨頭置換の手術には、ひとつの問題がある」
「骨頭(ボール状)の部分を金属に換えても、間接の受け側である骨盤が自骨であると、時間の経過と
ともに自骨が擦れてしまい、活動的な人では早くて5年、それほど活動的でなくても、15年持つか
持たないかという実績である」

「貴方の年齢と活動状況を勘案するに、骨頭だけ換えても寿命は短いので、骨盤部分にも金属製の
カップを入れることで、活動的な動きでも20年は持つようにできる」


非常に論理的で分かりやすいですよねぇ。。。。。
とても納得し、「鎖骨はプレート」「股関節はボールとカップをチタン化する」ということで合意。

しかも本日執刀可能とのことでした。
私以外にも当日は3件の股関節手術があるので、手術開始は22時頃と言われていたんですが、
18時前には呼ばれて、18時過ぎには手術開始、但し終了は午前零時過ぎでした(^_^;)

後日、治療費の請求書にあった、「チタン材料費」が180万円だったことは内緒です。
自転車のチタン部品の比じゃないっすね。
いやぁ。。。パーツ代の高い男になったものだ(^_^;)


<追記>

さきほど執刀医に確認したところ、手術で取り出した私の骨頭は木っ端微塵になっており、
完全に壊死しており使える代物ではなかった
とのこと。

転倒の衝撃を肌身で感じた自分自身としても、「あれだけ激しい衝撃で、死ぬかと思うくらい
痛かったんだから、大腿骨(骨頭)が木っ端微塵になるのも納得
」って感じです。

あまりの痛みで、身動きできないばかりか、声も出せませんでしたからね(>_<)

さあ、どこまでリハビリできるかが勝負です!!






6/15 股関節(大腿骨)&鎖骨手術の術後経過

本日は退院手続き、ホテルへの移動、ここに来て急にバタバタしてきた仕事のフォロー、
ホテル生活を開始する上での買い物等で忙殺されることが予想されたことから、事前に
書いておいた記事を予約投稿します。

従って、昨日以前の記事に対して頂いたコメントへの返信が遅れますことご容赦下さい。
土日は少し落ち着く予定です。

さて、

全身麻酔ってのを47歳にして、生まれて初めて経験しました。

以前大腸検査をしたときに、「全身麻酔ですから、意識のない内に終わりますよ」と言われて
受けたんですが、全然意識を失わず、「ちょっとボーっとするかなぁ」という感覚のまま検査が
終わったという経験があったので、かなり不安を感じてました。

大酒飲みは麻酔が効きづらいらしく、抜歯や歯科治療の際にも、「倍くらい麻酔打って下さい」と
依頼するのですが、大して効かずに痛いまま治療を終えるということが過去に多々ありました。

しかし、股関節を20cm以上、鎖骨部を15cm程度切って、しかも骨を取り出して、金属を大量に
埋め込むという大手術の最中に目が覚めちゃって、自分の身体が切り刻まれているのを目の当たり
にし、しかもその痛い感覚まで味わってしまう
なんて、地獄のようですよね(>_<)

そんじょそこらのテロ国家の拷問よりも悲惨な情景です。
もっとも戦時中の野戦病院では、もっと凄まじい手術が行われていたものと推測しますが。

なので、執刀医はもちろんのこと、麻酔担当医にもしつこく、「俺は酒飲みで麻酔が効かないから、
絶対に手術中に切れないように、しっかり見張っててくれよ」と何度も念押しします。

ただ、逆に麻酔が強過ぎると、麻酔から醒めないまま死んでしまうという事故もあるらしく、
気が付いたら地獄の閻魔様に煮えた鉄を飲まされてるなんて情景も避けたいわけであって、
手術室に入ってからは緊張しっぱなしです。

意識のあるうちに尿道に管とか入れられるのかなぁ。。。痛いのかなぁぁ。。。なんて下世話な心配も(^_^;)

手術台の横で、まだストレッチャーに乗っている状態で緊張しまくっている俺に、フィリピン人助手が
明るく話しかけてきます。

助手: どうして骨折しちゃったの?
俺: 自転車で高速走行してるときに転んでしまって。。。。。
助: 私も自転車で骨折したことあるよ~  ダウンヒルでね♪ ここに骨折傷あるんだ。
俺: MTB乗ってるの?
助: MTBもロードバイクも乗ってたよ!
   でも、シンガポールに来てから、乗る時間がなくて、こんなに太っちゃった(苦笑)
俺: そうなんだぁ。。。。。
助: ロードバイクに乗ってるの?
俺: そうだけど。
助: スペシャライズド?
俺: いや、キャノンデール
助: CAAD5? CAAD6?
俺: CAAD10
助: わお! 最新型じゃん! それってカーボン? コンポは電動なんじゃない?
俺: いや軽量アルミだよ、コンポは105。 電動はデュラとアルテだけだよ。
助: ふーん。。。。。
俺: 日本にはフルカーボンバイク置いてきたよ
助: スペシャライズド?
俺: いや、サーベロ
助: イタリア製でしょ?
俺: いや、カナダ製。 イタリアの技術は入ってるみたいだけど。

この助手さん、俺に限らず、手術前の患者さんは多かれ少なかれ緊張してるから、こうやって
明るく話しかけて、緊張を解いてくれようとしてるんだろうなぁ。。。。。

ありがたいことです。
手術室で自転車談義で緊張を解いてもらえるなんて(^_^;)

でもって、点滴に睡眠薬が投入され、吸引機を加えされられ、それなりのものが吸引されている
のだが、一向に眠くならない。

ヤバイ。。。。。このままじゃ、自分の肉体が切り刻まれているのを見ながら、痛みを感じないと
いけないのか(>_<)

「全然効いてないんですけど」とチャリ乗りフィリピン人助手に訴えます。
「心配ない、心配ない、その内効いてくるから」

。。。。。
。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


目が覚めると(いや、夢の中か?)、ストレッチャーに横たわっています。
「あ、そういえば、あのメール(仕事)まだ送ってなかった」とかうわごとのように言いながら、
上半身を起こします。

ナースから、「起き上がっちゃダメですよぉ」と寝かされます。
「いや、この件は急ぎだから、のんびり寝てられないんだ」とか言いながら、必死で身を起こそうと
する俺と、制止するナースとのせめぎ合い。。。。。

「ん? 俺って、そう言えば手術してたはずだよな?」
「あ、でも尿管は刺さってないし、さっきとあまり状況は変わってないような。。。。」

意識は朦朧としたままですが、どうやら無意識の内に手術は終わったようです。
意識が混沌としながら、手術室を出ると、深夜零時過ぎにも関わらず、待機してくれていた人達の
嬉しそうな顔が。。。。。。

「あぁ。。。。上手く行ったんだぁ。。。。」

また意識が遠のきます。。。。。

次に意識が戻ったのは6/12の早朝でした。
手術で大量の水分を失ったのか、やたら喉が渇きます。

手術中の覚醒と、麻酔量超過死に次いで心配だったのが、麻酔が切れたときの強烈な痛み。
オヤジチャリダー」の「ramu3003さん」によると、鎖骨のプレートだけでも、強烈な痛み、
気絶しそうな痛みがあったとか。

私の場合は、鎖骨プレートだけでなく、股関節にチタン部品2個入れてますからね。
切った幅は2箇所合計で35cm以上、強烈な痛みが予想されてました。

しかし、覚醒した早朝の段階では、まだ局部麻酔が効いてたんでしょうか、骨の部分はともかく
切った皮膚の部分は殆ど痛みを感じません。

従って、全身麻酔は切れたけど、まだ部分麻酔の効果が残っていて、それゆえ切開部の皮膚の
痛みをまだ感じていないのだろうとう。

執刀医が周ってきたので、「まだ殆ど痛みは感じないのですが、部分麻酔が効いてるからですよね?」
と確認すると、「麻酔は完全に切れてますよ」という驚くべき発言。

股関節で30cm以上、鎖骨で約15cm切開したのに、切開部の痛みは殆どないと言っても過言では
ありませんでした。

このドクター、よっぽど腕が良いんでしょうね。
折れて治療した部分はさすがに傷むものの、治療前よりは確実に回復しているし、恐れていた
切開部の痛みは殆どないと言っても良い。

素晴らしい。 名医と言っても良いでしょう。
40歳前後くらいの穏やかなドクターですが、「手術の結果はパーフェクトと言って良いでしょう」と
穏やかにかつ内に秘めた自信を込めて、笑みを浮かべながら握手します。

2つの病院(2つの国)、3人の執刀医候補と、2人の相談医ととことん相談し、限られた時間で
質疑応答を可能な限り行い、100%納得した形で手術を受けることができ、結果も良好となると、
まさに、インフォームド・コンセントが上手く形成された良い例ではないかと思われます。

しかし、事故後丸2日間、全く動けなかった脚がすぐに動き出すはずもありません。
股関節をやられると、膝の動きにも影響します。
ゆっくり膝を曲げるのすら苦労するので、左足は殆ど動かせない状況でした、

しかし出十翌日の昼前くらいからリハビリが始まります。
最初は松葉杖ではなく、歩行器を使います。
病院なので、足の不自由なご老人などが使っている、腰くらいまでの高さで、左右が一体化した
あれです。

老人ホームなどでも見かける器具かと思います。
まずはあれを両手でしっかりと握り(かつ折れた左肩には負担がかからないように)、ゆっくりと1歩ずつ
、いや実際には半歩ずつ進んでいく練習です。

まあ、1分で50cm進めばマシ、1時間続けても、慣れないので精々10mくらいしか進まないでしょう
つまり、「0.01km/h」の速度であり、「40km/h」で爆走していた頃の、実に「4000分の1」の遅さです(^_^;)

いやあ、爆走改め「爆遅」ですなぁぁ。。。。。。

「自分の足で歩ける」ってことが、どれだけ大切なことか、改めて認識しました。
私は足の骨を折ったことがないので、松葉杖のお世話になったことは、関節炎で脚が腫れ上がった
2日間だけでしたが、そのときは、普通の人より少し遅いくらいで歩けたし、すぐに治ったので、
喉元過ぎればで、歩行弱者の立場を忘れておりましたが、今回再度痛感しましたね。




プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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