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2週続けて週末も仕事。。。。

ブログ的には反則技が続きます(^_^;)

今日の会食が1次会で終わったので、こうやってブログ記事書いてます。
明日は終日会議、でも途中で抜けて、弁護士との打ち合わせ。
トラブルはそう簡単には収束しません(>_<)

というわけで、1日遡って記事を書いてます。

24日に発生した大トラブル。
助っ人君だけでなく、本社の営業課長も飛んできました。

彼はまず24日深夜2時までトラブル処理に追われ、土日も夜中まで
仕事し、月~金も朝8時から夜中23時という過酷なシフトの仕事を
こなし、金曜日夜発の夜行便で、土曜日(9/1)朝着のフライトで
ジャカルタ入りです。

さすがに午前中は2時間ほど休憩してもらいましたが、13時から
取引先2人を交えて4人で膝詰談判です。

時間との勝負。 グレーゾーンであっても、明らかに違法と認定されること
以外は何でもやる。 そんな会議でしたね。

取引先から「今日俺がやったことは全部違法だな」と言われてしまうほど(^_^;)
でも違法じゃないんです。 こちとら最大の債権者ですからね。

違法認定されたら返せば良いんです。
まずは資産保全が最優先ですから。

こういうことやってますが、最大の難関は社内だったりします。
正論を言われると弱い部分があります。

ストレスが溜まります。
本社の営業課長さんは、ストレスと過労で倒れてしまいました。
国内出張をキャンセルして、早朝から緊急病院で点滴2本打ったそうです。

今が正念場と思います。
私は脚はビッコ引いてますが、体はまだ元気です。

頑張ります。
負けません。
酔っ払いですが(^_^;)




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1000万円の送金代行

ときどき、怪しいメールがやってきて、「貴方の口座を貸してもらい
数千万円送付するので、指定の場所に再度振り込んでもらいたい」
「謝礼は数百万円」みたいなメールが来ることがあります。

当然かようなメールは無視するわけですが、今回、以前父親が取引して
いたインドネシア人から、似たような依頼のメールがありました。

直接商売はないので、私が彼に会ったのは一度だけという関係の方です。

内容は「日本から1千万円送ってもらいたいのだが、送金者から、
マネーロンダリング規制か何かが原因で、送金できないと言っているので、
貴方の口座を借りて送金に協力してもらいたい」とのこと。

私は、同じ都銀の本店(東京)と、ジャカルタ支店に口座があるので、
本人名義ということもあり、送金はできるようです。

但し、1日に送金額上限は300万円、しかも1ヶ月の上限が500万円
となっている。
つまり、1000万円を送金するには、今月2回に分けて500万円、
10月1日と2日で500万円と、合計4回に分けなければならない
ようです。

仮に「250万円」x4回とすると、毎回1万円超のチャージが掛かる
ので、4回送金すると、4万円以上のチャージと、あまり良くない為替
レートが適用されるので、その分目減りして、12万ドルちょっとくらいに
しかならないけど、それでも了解してくれるだろうか。

1000万円という大金を個人の口座を使って送金するのは少々躊躇
しますね。

しかし、まだ一度しか会ったことのない私に、そんなことを頼めてしまう
というのは、よほど亡き父が信頼されていたということ。
頭が下がります。。。。。

●本日のローラー台:   30分ちょっと

昨日も今日も仕事の打合せですが、ちょっとだけ時間を見つけて、ローラーを
漕ぐことができました。

さて、これからまた、先ほど到着したお客様7名と会食です!!
明日からまた忙しくなるなぁ。。。。

前向きな案件と後ろ向きな案件がそれぞれ3件ずつくらいあります。

憂鬱な仕事と楽しい飲み会

コメント返信しないままの新規投稿失礼します。
明日、まとめてコメント返信させて頂く予定です。

さて、今日は赴任以来最も忙しい日かもしれません。
私が担当(管轄)している3つの部の8つのビジネスラインの内、主要5ビジネスラインの中から
4ビジネスラインの出張者が重なって来訪中でございます。

1)9/1-9/3  3人
2)9/1-9/5  2人
3)9/1-9/8  2人 
4)9/2-9/4  7人

なぜかこぞって週末にジャカルタ入りなんですよね(^_^;)

合計14人の出張者を、私と部下3人、そして運転手7人(車7台)で対応しております。

1)が最大のトラブル、2)はちょっと頭痛いトラブル、3)は30%値上げの苦しい
交渉が目的ですが、4)は前向きなFSで、取引先の専務さんも来ています。

1)のトラブルが最大なので、こちらに物理的精神的時間を取られますが、大半は
土日をフルに犠牲にすることで対応、2)は出張者には深く謝罪した上で、部下にお任せ
放置状態(^_^;)  

でも、4日間滞在して2日はゴルフという交鈔とゴルフ接待がセットになったような出張
なので、放置させて頂くことに。(迷惑をかけている仕入先が、バイヤー出張者に接待
ゴルフするという構図、私は勿論不参加ですが)

でも、ジョニ黒1リットルのお土産はもらってしまったので、何とも申し訳ないのですが。。。。

3)も同様ですが、こちらは9/5以降リカバリー可能です。

4)はさすがに大企業の専務様が来ているので、夜は連荘でお相手させて頂きました。
でも、この件だけが、超前向きな案件なので、この人たちと一緒に居ると、自分も
前向きな気分になれます。


本当は億単位の損が出そうな案件に歯を食いしばりながら、日中は怒号の中、ストレスで
爆発しそうな状況で対応してるんですが、4)の人達と居ると本当に和むんです(^_^;)

専務さんも気さくな方で、楽しいお酒が飲めました♪

昨日も今日も、夕食時だけは、柔らかな笑いに満ちた楽しい時間帯。
でも昼間は地獄な交渉が連続してます。。。。。。

そして、明日からは最難関の社内説明会と、確たる結論が出ないまま、判断を迫られる
ための弁護士との打ち合わせ。。。。。 胃潰瘍になりそうです(>_<)

昨晩や今夜みたいな飲み会の連続なら、ストレスなんてどこにもないのになぁ。。。。

しかし、それじゃあ、給料をもらう資格はありませんよね。
ストレスで胃に穴を開けるくらいでないと、給料はもらえません。

トラブルが起きたときこそ、真価が発揮されるのです。
とかいって、全然発揮されてなくて、めげる一方なんですが(^_^;)

よっぱらいブログ記事はそろそろ止めて、床に就きますかね。





朝も昼も夜も(>_<)

今日は、書こうと思っていた記事があったんですが、あまりの忙しさにギブアップです。
コメント返信すらできませんでした。

日中の業務が忙しすぎる上に、出張者が多過ぎて、朝食時はビジネス①のお客さんと商談、
昼食時はビジネス②のお客さんと商談、そして夜はビジネス③のお客さんと商談です。

身体がいくつあっても足りません(>_<)




接待会食5連チャン

飲み会自体は10連チャンかな。。。。

「豚(ブタ)」という名のお仕事(^_^;)

ギリギリ本日中の投稿です。

昨日の記録的最短記事で、「飲み会は10連荘かも」と書きましたが、ちゃんと
数えてみると、「8+1+7」の「間欠16連荘」でした(^_^;)

8/16-23 で「8連荘
8/28、8/30-9/5で「7連荘+1」が正解です。

でも、先週後半から土日含めてずっと外食が続いていたので、気分的には10連荘な感じ
でしたね。 疲れました。 土日も仕事で、トラブル処理に追われているし。。。

4組来ていたお客さんの内、3組が帰国されたので、今日は真っ直ぐ帰る予定です(^_^;)
昨夜と明日は残っている最後のお客さんと会食なんですがね。
明日は金曜だから夜更かしになるだろうなぁ。。。。。 お客さんも期待しているし(^_^;)

さて、「豚なお仕事」の話。

最近直面しているトラブルとは関係ありません。
単なる学生時代のバイトネタです(^_^;)

今を遡ること30年近く前、1983年~1986年まで、学生時代の私は毎年夏に
なると、伊豆の下田の和風旅館でアルバイトをしておりました。

玄関番、プール監視員、掃除、布団敷き、料理運び(仲居さんの手伝い)、冷蔵庫の
チェックと補充などが主な仕事でした。

大学のスキーサークルのメンバーで少ない時は3-4人、多い時は15人くらい常駐
してたんですが、期間によってチーフ(大抵は3年生、たまに4年生や2年生)が
一人決まっていて、そのチーフが不公平のないよう(但し上級生には楽な)シフトを
考え、前日の夜に翌日のシフトを発表するシステムになってました。

掃除や布団敷き、料理運びは、担当の入ってないメンバー全員でやるんですが、以下の
仕事は毎日担当が前日に決まります。

・玄関番(朝・昼・夜)の3シフト
・プール監視員(朝・昼・夜)の3シフト

・ブタ(朝・夜)の2シフト

それぞれ「朝玄」「昼玄」「夜玄」、「朝プ」「昼プ」「夜プ」、「朝ブタ」「夜ブタ」と
省略されて呼ばれてました。

さて、ブタ(豚)とはどんな仕事だと思いますか?

何のことはない、「残飯分別処理係」のことなんです(^_^;)

どうやら、そこの旅館では、「豚のエサ」になる料理の食べ残しは選別し、豚のエサと
して販売し、料理を綺麗に見せるためにつかう、紙や木製のゴミと分別する係なんです。

これ、夜ならまだマシなんです。
高級和風旅館ですから、たまに手の付いてない高級食材がそのまま残飯として回って
くることもあるので、その際は、豚にくれてやるのは惜しいので、ブタ係の特権として
頂いてしまいます(^_^;)


しかし、「朝ブタ」は最悪です(>_<)

毎晩遅くまで宴会なので、上級生に一気を強制される(そういう時代でした)下級生は
翌日は酷い二日酔い。 朝飯も食えない状態で、いきなり残飯処理は本当にキツイ。

何度吐きそうになったことか。 ってか、実際吐いてたヤツもいたし(^_^;)

しかも、重ねた皿の裏に、サラダ用のマヨネーズが付着していて、それが手にベットリ
付いてしまった時など、本当に情けない気持ちになったものです。。。。

皆が嫌がる仕事なので、1日2人(朝と夜)で済むので、10人居る時は5日に1回、
15人居る時は一週間に1回くらいしか回ってきません。

ところが、飲み会中にチョンボ(先輩に対する僭越な発言など)があると、懲罰的に
「朝ブタ」「夜ブタ」3日連続!! とかの判決をもらってしまうことがあります(>_<)

しかも、酔っ払った先輩達(含む私)は、「朝ブタ・昼ブタ・夜ブタ!!」などと
叫んでました。 旅館は昼食は出さないんですがね(^_^;)

私は旅館で和風料理を見ると、いつも「ブタ業務」を思い出してしまいます。
定食屋の高級定食でも同様です(^_^;)

3年生の時、1週間ほど「チーフ」をやったことがありますが、密かに自分だけは
「ブタ業務」から解放しておきました(^_^;)

だって、布団敷きの方がずっと楽しいんだもん♪

●本日のローラー:  15分ちょい

すっかり運動不足です。
明日もガッツリ飲み会です!

トラブルも、方向性は決まりつつありますが、まだまだ手が掛かりますし、本当に
大変なのはこれからです。



トラブル処理のストレスと、心温まる一瞬

私が現在担当しているビジネスラインは、大きく分けて6ライン、細かく分けると9ラインあるのですが、
先週末から今週末に掛けて、主要4ビジネスラインから4組の出張者が来ていたので、大変な騒ぎで
ありました。

その中で、緊急性の高いトラブル処理を最優先していたので、夕食以外殆どフォローできなかった
(部下に任せっ切りの)案件もありました。

今回は、倒産により発生した億単位の債権(債務者にとっては借金)回収作業が伴い、法に触れない
ギリギリの線で、内外弁護士・内外法務部と緊密な打ち合わせを重ねながら、時間との勝負な面も多々あり、
非常に強いストレスを感じる業務に追われてます。

トラブルとは別に、前向きな案件もあり、大型案件のFS(Feasibility Study=投資費用対効果調査)
の節目でもあったことから、パートナーである大企業のかなり偉い人(取締役)も今回は同行されました。

ネット検索すればかなりの数がヒットするような偉い方だったので、こちらも随分緊張して構えて
ましたが、非常に気さくな方で、ホッとしました。

当然のことながら、仕事はビシッとされるわけですが、夜の会食時は、非常に柔らかで楽しい
感じの方であり、こちらもつい酔っ払って、言わなくても良いことを言いつつも、場を盛り上げ、
笑いの絶えない和気藹々とした会食(2連夜)となりました。

この瞬間だけは、胃に穴が開きそうなトラブルのことも一瞬だけ忘れることができました。

最終日の市内ツアー(投資対象国として、インドネシアの経済成長と活況を肌で感じてもらうことが
目的)は、当初私がご案内する予定だったのが、トラブルの対処を優先せざるを得ず、已む無く
部下に行き先を指示し、連れて行ってもらいましたが、これが予想以上の好評で、社長にお礼のメールが
入ってきたので、取り合えずはホッと一安心しております。

でもって、夜行便で帰国された翌朝、車の中に忘れ物が。。。。。。。

なんと、役員様、名刺入れを車中にお忘れに(^_^;)

幸い、社内の出張者が翌日も残っていたので、その人に託して持って帰ってもらいましたが、
本日、役員様から直々にお礼のメールを頂いてしまい、恐悦至極に御座いますという感じです。

私のような末端社員に対しても、かような心遣いを頂けるとは、心温まる一瞬でした。


●本日のローラー台:   約15分

相変わらず、EDGE800は故障したままです(>_<)


今夜は、土曜日から今日までほぼ放置状態(火曜日の朝食と、水曜日の夕食だけ顔出しただけ)
だった取引先の出張者と会食予定です。

インドネシア人の部下がずっとアテンドしてくれたのですが、非常に難しい交渉だったにも関わらず、
予想以上の譲渡を販売先から得ることができ、今回の出張は成功だったと、先ほど実施した「まとめの
会議」(30分強)で仰っておられました。

従って、トラブル処理は相変わらず大変ですが、今夜は楽しいお酒になりそうです。
2次会も。。。。。間違いなくあるでしょうね(^_^;)










赤道を越える

最近赤道を越える機会が多い私ですが、国土に赤道が通っている国は以下11ヶ国。

サントメ・プリンシペ
ガボン
コンゴ共和国
コンゴ民主共和国
ウガンダ
ケニア
ソマリア
インドネシア
エクアドル(スペイン語で「赤道」という意味)
コロンビア
ブラジル

意外に少ないですね。 20ヶ国くらいあるかと思ってましたが。
この中で行ったことがあるのは、ガボンとインドネシアのみです。

縁があって、今はジャカルタ(インドネシア)に住んでおりますが、実は生まれて
初めて降り立った海外の都市もジャカルタだったんです。

今から31年前の1981年8月、キャセイパシフィック航空で香港経由ジャカルタに
飛んだのが生まれて初めての海外旅行。 高校2年生の時でした。

「初めて見た」海外は経由地の香港(九龍空港)で、ここはここでとても印象に
残っていますが、飛行機に乗ったままだったので、降り立ったのはジャカルタが
一番最初となります。

そう言えば、最近飛行機を乗り換えることはあっても、飛行機に乗ったまま経由地を
経由して目的地に行くことってなくなったなぁ。。。

さて、ジャカルタは赤道を越えた南半球(南緯6度)に位置してますので、初めて
赤道を越えたのも31年前の1981年ということになります。

その後しばらく赤道を越えることはありませんでしたが、最初の海外駐在地となった
コートジボアール(象牙海岸共和国)の商都アビジャンは「北緯5度」であり、まあ
赤道直下と言っても良い場所でしたが、ここで勤務していた2年間で赤道を越えたのは
実に1回だけ。

国土内に赤道が走る「ガボン」という国は何度も出張に行きましたが、首都リーブルビル
は「北緯0度23分」とギリギリ北半球で、赤道を越える機会はなかなか訪れず。

西アフリカ


しかし、一度だけ、確か1991年だったと思いますが、リーブルビルからセスナに
乗って、約70kmくらい離れた「ポールジャンティ」とう石油採掘の町に仕事で
飛んだことがありました。

Gabon-Santome.png


これが1981年に次いで、人生2度目の赤道越えでした。

セスナで赤道を越えるというのも貴重な体験でしたが、帰りのフライトで、パイロットが
なんと乗客に操縦桿を握らせていたのには驚きました(^_^;)

安定巡航中の2-3分でしたが、プライベート機ではなく、ちゃんとお金払って乗ってる
乗客が居るのにですよ。 ビックリしました(>_<)

ちなみにガボンの沖には「サントメプリンシペ」という小さな島国があり、この国にも
赤道が通っております。

赤道にある島


南端の「ロラス島」にかろうじて赤道が走ってますね。
ここには、赤道を示すモニュメントがあるそうです。

796px-Equator_Sao_Tome.jpg


↑↑ サントメ・プリンシペのロラス島にある、赤道を示すモニュメント

しかしこのセスナでの赤道往復以来、実に17年、赤道を越える機会はなく、2008年
初めてオーストラリアに出張した際、17年ぶりに赤道を越えました。

08-10年で合計12回ほどオーストラリアには行きましたが、飛行ルートが丁度
「硫黄島」の真上を通るので、いつも激戦での大勢の犠牲者に手を合わせながら、
硫黄島上空を通過しておりました。

でもって、ジャカルタに赴任してからは、赤道を越えない月はないんじゃないかという
くらいしょっちゅう赤道越えをしてます。

スマトラ島は北半分が北半球で、南半分が南半球ですし、シンガポールは北半球なので
赤道を越える往復が日常茶飯事になってます。

実に、医療用緊急ジェットで、担架に乗ったまま赤道を越えちゃったことすらあります
からね(^_^;)

先般シンガポールに行った際に、機内で、赤道通過時の写真を撮りました。

DSCN3264.jpg

DSCN3265.jpg

DSCN3272.jpg


こちらは上空から撮影した赤道。

DSCN3270.jpg


こちらはオマケで、ガルーダ航空の機内食。

DSCN3269.jpg



まだ外が明るいのに(しかも断食月中なのに)ワインを注文(^_^;)

さて、先週&先々週の土日は、例のトラブル処理で、全く休むことができませんでしたが、
今日は仕事もしてましたが、少しプールにも行けたし、ローラーも少し漕ぐことができました。 
Edge800は故障したままですが。。。。。orz


●本日のローラー台:  約1時間半
 本日の腹筋運動:   250回
 本日の体重:     69.6kg

飲み会が続くと体重増えますよね。。。。(^_^;)




何階に住み、何階のオフィスで勤務してきたか

今日はネタが思いつかないので、以前酔っ払って書いた「つまらない記事」を
アップします(^_^;)

私は48年間の人生で19箇所に住み(引越しは26回)、7箇所に勤務したことが
あります。 2階建から37階まで、色々とありました。

不思議なことで、これだけ多くの場所に居住・勤務していながら、今まで一度も
1階で寝泊まりしたり、勤務したことってないんですよね。

生まれた場所は多分2階ではなかったかと。
なぜならば、当時我が家は社宅(と言っても普通の家ですが)の2階に住んでいて、
病院ではなく、御産婆さんが来てくれて産まれたと聞いているので。

でもって、1964年10月に生まれてから、1968年7月に引っ越すまで
2階に住んでました。

68年7月から72年3月までは2階建ての一軒家、私の部屋は中二階でした。
72年4月から76年3月までは札幌に住んでましたが、社宅の2階。
確か202号室だったかと。

でもって東京の中二階に戻って4ヶ月、すぐに引越しです(^_^;)
1976年8月、三鷹市内で引越しました。

寝場所&勉強部屋は2階、母親と弟と3人部屋です。

その後改築し、自分の部屋をもらいましたが、そこに住んでいたのは、84年から
87年の3年くらいかな。 一応2階でした。
20歳前後の微妙な年頃の頃ですしたね。

改築中に避難していた場所も2階。
大学受験中になぜか1ヶ月滞在(雑音なしに勉強に集中目的)していた場所も
2階でしたね。 独り暮らしは実は勉強に集中しずらいんですけどね(^_^;)

でもって、1987年、今の会社に入社します。
4ヶ月は自宅から通ってました。
勤務地は7階建のビルの3階でした。

87年8月に自宅が横浜に引っ越したので、私は久我山にある会社の独身寮に
入ることに。 この時の部屋は初めての4階、402号室でした。
窓を開けて見下ろすと、フォークソング「神田川」の神田川が真下に見えるような
場所でした。

その神田川から1mのところに2年3ヶ月住んでました。

エレベーターなんてあるはずないので、酔っ払うと部屋まで辿り着くことが難しかったです。
玄関でノビテしまって、1階の予備室に搬入されたことも何度かありました(^_^;)

そして1989年11月、最初の海外勤務辞令が出ます。
勤務先は西アフリカのコートジボアール(象牙海岸共和国)の商都アビジャンです。
住居はマンションの最上階である8階でした。

でもって、駐車場は地下2階。 基本0階があるので、地下2階から地上8階までは、
10階分階段を登らねばなりません。

普段。。。。普段はエレベーターがありますが、かなり頻繁に故障します。
そういうときは、荷物担いで、10階分登ってましたね(^_^;)

でもって会社は3階、0・1・2・3ですので、3階分登ります。
エレベーターはありますが、アフリカ人の体臭がキツ過ぎて辛いので階段で登ります。

日本に帰ります。
社宅は確か2階だったかな。 ここには1年未満しか住んでませんでした。
色々あったので。。。。。。(内緒)

でもって引っ越した先のアパートは、またもや「2階」でした(^_^;)
ここには約1年住みましたが、家賃を払うのが馬鹿らしくなり、マンションを購入。
ここは4階でしたが、傾斜地に建設されたマンションなので、入口が2階だったので、
感覚的には3階でしたね。 408号室だったかなぁ。。。。

独身寮の402号室(しかも神田川沿い)を上回ってない。
神田川402号室に住んでいた時にアフリカ勤務辞令が。
あ、これもう書いてるね(^_^;)

1984年、29歳で2回目の海外勤務辞令が出ます。
行先はサウジアラビア。。。。。orz   酒飲めないじゃん(^_^;)

最初に住んだ家も、引っ越した家も、2階建てでした。 寝室はいずれも2階。
土地も安かったので、最初が130平米くらい、後半は240平米くらいありましたかね。

でもって事務所は4階だったかなぁ。。。。記憶が曖昧(^_^;)
いや、0階から始まる4フロア目で3階だったかな。

帰任直後に引越しすることになり、一番下っ端だったこともあり、引越し絡みの
雑用をやらされました。
引越し先物件探し担当だったので、色々あったんですが、結局落ち着いたのは7階。

7階の事務所の設計は私がやりました。
間取り、配線、素人なのに、全部設計図書きましたよ。
頑張って引っ越したんですよ!

でもって、移転して1週間で帰国(^_^;)
うーむ。。。。。。 ま、いいんですが。

日本に戻るとまたマンションの4階です。
子供達が成長し、手狭になったので、しばらくして(99年)区内ですが引っ越します。
引越し先は図面で買った3階建ての一軒家です。

3階に書斎を構え、「俺も一国一城の主になったなぁ。。」と悦に入ってましたが、3年半
ほど経ったところで、2003年7月、3回目の海外勤務となります。

その間、2001年に会社が引越しとなり、勤務地は19階となりました。
初めて10階以上の場所で執務することに。

3回目の駐在地ドバイで最初に住んだ家は、たしか。。。。。7階だったかな。
すぐに引っ越して、次は20階。
最後は、12階に引っ越しましたね。

会社は工業地帯の2階建て。 私の事務所は2階でした。
今まで勤務した中で唯一の個室、会議スペースや応接スペースも併設されており、
かなり広々とした個室でしたね。

2007年の8月に帰国、3階の書斎はデスクが撤去され、すっかり模様替えされ、
娘の部屋になってました(^_^;)
2003年時点では、小学生の娘と息子は同じ部屋に寝かせてたのですが、さすがに
娘が小学校高学年になると、そうも行かないですよね。。。。

予定されていたこととは言え、自分の部屋がなくなった結果、私の荷物は邪魔物扱いされ、
肩身の狭い思いを強いられました。
でもって、荷物と共に、2011年7月からジャカルタに赴任。 

4回目の海外勤務ですが、事務所は12階でございます。

住居は最初の1ヶ月は2階、今は37階。 
居住地・勤務地合わせて、過去最高記録ですね♪

地震が来たらおしまいです(^_^;)
すっかり酔っ払ってきました。

おやすみなさい。

●本日のローラー台:    約1時間半
 本日の腹筋運動:     250回
 本日の体重:       68.7kg

平日がハードなので、土日はささやかなダイエットです(^_^;)


事故から3ヶ月経過しました

6/10の事故から3ヶ月が経過しました。

事故から1ヶ月後の7/10までの1ヶ月は、さすがに全く動けない状態からの回復
だったので、ハッキリと自覚できる回復でしたが、7/10-8/10の1ヶ月は目立った
回復がないまま、鎖骨が以前より痛くなるなど、先行き心配になるような1ヶ月
でした。

直近の1ヶ月(8/10-9/10)は、2ヶ月目に比べると、随分と回復したように
思います。 まだ段差のキツイ階段を上るのは辛いものがありますが、だいぶ
普通に近い感じで平地は歩けるようになりました。

人工股関節の場合、一般的に「手術後3ヶ月が脱臼リスクが高い」とのことで、
安静にしていなければなりませんが、その3ヶ月がほぼ経過しようとしております。

ローラー台もだいぶ負荷を強めることができているので、実走も筋力的には
そろそろ始められるとは思うのですが、正直自転車に乗るのが怖いです。

転んだら痛いとかそういうレベルではなくて、「もう2度と事故は起こせない
という恐怖です。

保険の問題も解決してません。。。。。

さて、先週末、初めて、ちょっとだけですが、クロールができるようになりました。
それまでは、プールに入っても、平泳ぎもできず(足が痛い)、クロールもできず
(鎖骨が痛い)で、仕方なく直立姿勢のバタ足しかできず、息継ぎもできずに
まともに泳げませんでしたが、短距離ならクロールで泳げるようになりました。

でも、ちょっと力を入れると鎖骨が痛くなるので、まずはリハビリで1日50m
くらいにしておこうと思います。



9・11から11年

昨年の9・11は事件から丁度10年ということもあり、8月頃からCNNでもBBC
でも、当然のことながらアルジャジーラでも、特集がたくさん組まれていて、当時は
「9・11一色」という感じでしたが、11年目となると、9月に入っても、どの番組
(欧米系・中東系)を観ても、特集は組まれていないようです。

強いて言えば、9/9にアルジャジーラでちょっとやってましたが、2分で終わりました(^_^;)
去年は延々何時間も特集してたのに。。。

もっともシリア内戦が目の前の危機でもあり、いつまでも10年以上前の事件に焦点を
当てていられないのだとは思いますが、風化はさせたくない事件ですよね。
事件の背景にある、アメリカ・イスラエルに対するアラブの憎悪という意味でも。

私も多くは書きませんが、欧米を中心とした価値観には賛同できませんね。
イスラム教の聖地がある国に3年住み、ドバイではパレスチナ人部下と一番馬が合い、
イスラム教徒人口最大のインドネシアに住んでいる人間として、私は常にイスラム・
アラブ側の味方です。

さて、話は変わり、明日から久しぶりにバリ島東方のスンバワ島へ出張です。
本来なら7月に年次会議が開催される予定だったのですが、直前にデモが起こるという
情報が入り、急遽キャンセル。 今回は年次会議という形はとりませんが、議題は
ほぼ同じです。

宿泊予定のホテルなんですが、今回2軒あるホテルの内、今まで泊まったことのない
ホテルに泊まってみることになりました。

そのホテルは部屋は綺麗らしいのですが、ネットが繋がらない(無線USBも使えない)
という環境だったので、今まで避けて来たのですが、どうやら無線は入るようになった
そうです。

今まで泊まっていたホテルは、景色や食事は良いのですが、部屋は今一つで、ブヨが
部屋まで入り込んできて大変な目にあったこともあるので、新たなホテルに期待したい
ところです。




久しぶりのスンバワ島

4月以来久しぶりに「水陸両方セスナ」に乗って、スンバワ島にやってきました。
この仕事は、出身部の仕事なので、もっと一生懸命フォローせねばならないのですが、
他の案件が忙しく、比較的流れているこの仕事はついつい東京任せにしてしまいます。

昔ですと、コミュニケーションツールが限られていたことから、本社から駐在員事務所に
TELEXやFAXで指示が入って、それを基に駐在員がお客さんと交渉して。。。。みたい
なのが通常だったのですが、メール交信が当たり前になると、本社と客先で直接メール
交信してもらった方が仕事が速く進みます。

なので、そういう交信は全部直接やってもらって、今回のようにFace to Faceで面談
する時のみ、駐在員の登場です。

尤も、本社の担当者が私より20歳も若く、「こういう交信は直接やっといてくれ」と
言える関係だからこその部分もあり、逆の立場(私が20代で、本社担当者が先輩)
だったら、そうも言えないんでしょうけどね(^_^;)

今夜は取引先の駐在員が交代となるので、その歓送迎会も兼ねて、スンバワ島の
夜の海を見ながら、海の幸と美味しいお酒を堪能したいと思います。

ロンボック空港

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空港のラウンジ(初めて入った)

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セスナの機内

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目の前のドアが開いていて、荷物もろとも落っこちてしまいそう(^_^;)

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オマケ画像(スンバワ島のサイクリスト)

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ブログの存在がバレる(>_<)

13日は早朝から夜まで現場視察と会議本番なので、出張中の記事は予約投稿しておきます。

数日前の昼食時のこと。

社長が突然、「Little Sheepって火鍋屋、知ってるだろ?」と聞かれ、「ハイ」と答えた
ところ、「ネット検索してたら、顔はモザイクで隠れていたが、明らかに君と分かる人間が
載っている写真を発見したぞ」と言われてしまいました(^_^;)

「なにやら、ジャカルタ自転車部とか、快気祝いとか書いてあるから、君に間違いないと
思うのだが」とのご指摘にて、逃げも隠れもできません(^_^;)

「君の名前は本名ではなくて、なんか良く分からない名前だったけど」とも。

「いやぁ。。。あそこはコスパ良いですよね~」と誤魔化しておきましたが、その気になれば
私のブログへ簡単に飛んで来られる状況です。

社長の悪口は書いてませんが、結構仕事内容に触れるような記事も少なくないので、
私のブログが検閲に遭ってしまうと「君、これアウトだよ!」と大目玉を食らう可能性あり
だと恐れてます。

なるべく話題が火鍋から逸れてくれることを祈り、違う話題にすり替えますが、結局戻って
きてしまいました(^_^;)

でもって、その日は社長他いつものメンバーで火鍋屋に行ったんですが、私のブログを
読んだと思われるような発言はなかったのでホッとしてますが、日本ならいざしらず、
ジャカルタのような狭い世界ですと、モザイク掛けてても、HNを使用していても、バレる
時はバレてしまいますね(>_<)

基本的には、公開ブログですから、誰に見られても差し障りない内容には留めている
ものの、最近ちょっとネタ切れで、仕事や社内の人間関係、接待関連の記事が多くなって
いるので、社内の人間に見られるのが一番まずいんですよね(^_^;)

今後は今まで以上に気をつけて、内容を吟味せねばなりません。。。。。

色々と(小)トラブルのある出張でした(^_^;)

一昨日の夜、スンバワ島の現場に入り、2泊して今朝早朝にスンバワを後にして、昼過ぎ
にはジャカルタに戻ってきました。

今回、いくつかのマイナーな問題が発生(^_^;)
いずれもビジネス上のことではなく、個人的な問題なんですが。。。。 

今回初めて泊まるホテルに泊まったんですが、そのホテルは、ホテルというよりもレストランが
メインで、部屋は4つしかありません。
そこに取引先の方々と私とで4名・4部屋全部貸切状態でした。

私は12日の夜に到着したんですが、他の3名は午前中に到着。
最後に残った私の部屋にはトラブルが。。。。。(^_^;)

エアコンが故障しており、一応動くことは動いてたのですが、リモコンが使えず、温度調整も
風量調整もできません(>_<)

寝る前は、「ちょっと弱い(暑い)かなぁ」という感じでしたが、夜が更ける(夜明けが近づく)に
つれ、冷房がどんどん弱まってしまい、暑くて眠っていられなくなりました。。。orz

私は基本「冷房大好き」ですが、起きている間であれば、「23℃程度で弱風」で十分ですし、
もっと弱くても我慢できますが、夜間は「17℃@強風」設定でないと熟睡できません(^_^;)

初日(初夜?)は、25℃くらいで寝入り、最終的には28℃くらいまで上がっていたでしょうか。
私的には、「眠れないほど暑い」温度でした。

なので、翌朝すぐにホテルに(というか実際にはレストランのウェイトレスに)「部屋の冷房が
壊れているので直してくれ」とリクエストします。

仕事を終えて、6時過ぎにホテルに戻ると、部屋は全く冷房が効いておりません(>_<)
すると、オーナーのおばちゃんがやってきて「冷房は修理してるが、部品が足りないとかで、
今、修理業者が町まで部品調達に行ってる」と。。。orz

この調子じゃ、「部品が足りないので、修理は3日後」とかに平気でなりやすいインドネシア、
しかも辺境のスンバワ島です(^_^;)

もう今夜は冷房なしで寝るしかないかと半ば諦めていましたが、ホテルのレストランで夕食中に
一度偵察に行くと、業者が戻ってきております。

それでも直るか直らないかは不安でしたが、2度目の偵察時には冷房がちゃんと効いてました!
機嫌を良くしてまた夕食に戻りましたが、しばらくするとオーナー(おばちゃん)がやってきて、
「業者は帰ったが部屋が汚れているので掃除させるので鍵を渡してくれ」と。

おお、極めてまともな対応ではないか。 2晩目は熟睡できました♪ 
もっとも朝はジャカルタ時間の5時前に起きないと帰って来られないので、既に眠いですが。

もうひとつのトラブルは「安全靴」。

鉱山や精錬工場の現場なので、常にヘルメットと防塵ゴーグル、安全ベストと安全靴の
着用が義務付けられております。

過去4回はいずれも借り物で済ませていたのですが、今回は安全靴だけ、前任者から引き継いだ
ものがあったので、これを持って行きました。

パッと見、まだ全然新しい感じだったので、捨てずに後任者に譲るのもさもありなんと思い、
有効利用させて頂いた訳ですが。。。。。。

しばらく歩いていると、右足に違和感が。。。。。。
現場のオフィスに到着して、会議室に荷物を置きに来たところ、私の歩いてきたルートが、黒い
ゴミが散乱しております(^_^;)

そして靴底を見ると。。。。。。。。。。

右足の踵のゴムが殆ど剥がれ落ちてしまってます(>_<)
これでは安全靴の意味がありません。

しかも、手術のせいで、ただでも左足が長くなっている状態で、さらに2センチ近い差が左右で
生じてしまってます。

そうは言っても仕方ないので、そのまま現場視察を続けてました。
しばらくして両方の靴を見てみると、なんと左右とも踵部分だけでなく、いわゆる靴底のゴムが
全部剥がれ落ちてしまっております(>_<)

参りましたね。。。。。  これでは安全靴ではなく、完全に「危険靴」です。。。orz

鋭利なものを踏みつけたら即、貫通してしまいそうですし、ゴムがないので、滑りやすく極めて
危険な状態。  しかも足はまだ治ってない。。。。。

その状態で、地上5-6階建てくらいの精錬プラント(安全な場所ではなく、躓いたり滑ったり
したら、地上まで転落してしまいそうな場所)を歩き回って視察したもんですから、本当に無事に
帰って来られてホッとしてますよ(^_^;)

さて、例のトラブル処理の件で、今週の土日も仕事に追われます。
なかなかゆっくり休養できないなぁ。。。。  ローラー漕ぐ暇もないし!

でもって、今夜も9時頃開始の会食でございます。


日本人がアップする画像の傾向

まず、以下はNNAに載っていた記事です。

(引用)
日本人は食べ物の写真が好きらしい。知人によると、米大手交流サイト(SNS)で
共有する写真がレストランのメニューばかりで、見ていて退屈するとか。

一方で、インドネシア人は自分の人物画像が主流で「よりよく見える写真を競って投稿
している」と笑っていた。

 日本人の傾向については異論もあるが、インドネシア人の自画像へのこだわりについ
てはうなずける。ジャカルタである友人にカメラを向けると、熟練モデルを思わせる顔
の角度とポーズを決めてくる。

鏡の前で日々練習をしているらしい。1枚撮影すると写真チェックが入り、きめ細やか
な指示の後、微調整を繰り返す。最終的には画像データを全て当人に送ったが、加工し
てからSNSで共有するという。

 共有先は、最大手だけでなく写真特化型のSNSにも火がついている。特に加工機能
が充実しているものの人気が高いと聞く。
(引用終わり)

後半のインドネシア人の傾向はともかくとして、確かにFacebookを見ていると食べ物の
画像って多いですよね。 ブログもしかりですが。

これってたぶん、日本人は他国の多くの人たちとは違って、食べ物の「視覚性」に拘りが
あるからではないかなって思います。

「中華料理は(見た目はともかく)味で勝負!」に対して、日本料理は、盛り付け等を含め
まず食べる前に「目で堪能させる」部分を重要視しますよね。

それもあって、日本人は食べ物の写真を載せる傾向が強いのではないでしょうか。

あと、日本人は基本的にシャイなので、自分の顔がハッキリ分かるような写真を掲載
することを避ける傾向もありますよね。

私はたまにブログで顔出すこともありますが、基本的にはシャイな人間です(^_^;)

●本日のローラー台:     約1時間半
 本日の腹筋:        200回
 本日の体重:        69.7kg

ちょっとスンバワ島で海の幸を食べ過ぎてしまったかもですね。
68kg台に戻したいところです。

今日明日は土日ですが、出張者との打合せが続きます。
普段の土日は、断食ではないですが、平日に食べ過ぎている分、調整の意味で、粗食に
甘んじているのですが、今夜は出張者の希望で焼き肉です(^_^;)

また食べ過ぎてしまいそう。。。。。      マッコリも飲み過ぎてしまいそう。。。。




プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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