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2013年元旦!

この日はですねぇ。。。。
普段なら22時過ぎにダウンする俺が、「年越しまで起きててやろうじゃねーか!」と奮発し
0時過ぎに年越し蕎麦まで食べ、夜更かししたので、朝起きたら9時でした。。。orz

ほら、初日の出とか、初詣とかする人いるじゃないですか。
一度もやったことありません。。。orz

年末は飲む!
年始も飲む!
早い時間から飲み始めるから日付超えるまで起きてられましぇん(^_^;

あ・け・ま・し・て・お・め・で・と・う!!!!

お休み♪


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箱根駅伝(往路)

皆様、明けましておめでとうございます!
旧年中は色々とお世話になりました。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、今日は箱根駅伝1日目(往路:大手町~芦ノ湖)が行われました。
私はここ10数年、ほぼ毎年この箱根駅伝をテレビ観戦しております。
見られなかったのは、日本に居なかった(正月に帰国しなかった)04年と
12年のみで、あとは毎年観戦してます。

往路の勝負を決定づける「5区」箱根の山登りですが、過去8年の内、、05~08年は
順天堂大学の今井正人選手が、09~12年は東洋大学の柏原竜二選手が圧倒的な
強さを見せたことから、それぞれのデビュー戦は大いに盛り上がりましたが、2年目以降は、
「勝ち」が分かっているレースだったので、盛り上がりは今ひとつ。

しかし今年は、久しぶりに「どこが勝つか分からない」面白いレースでした。

ちなみに私は2010年正月の駅伝をママチャリで見に行ったのが、自転車を買おうと
思ったきっかけですが、その後1年半、日本で自転車に乗ってました。

2011年の駅伝は、買ったばかりのロードバイク(Cervelo RS)で横浜まで迎えに行き、
横浜から大手町まで「沿道の声援を受けながら」9区後半と10区区間をロードバイクで
疾走しました.

昨年の年末年始はインドネシアから帰国しませんでしたので、駅伝観戦はできません
でしたが、2011年前半は2010年以上に駅伝コースを自転車で走ったので、今年の
駅伝観戦時は「見たことある景色が満載」で、いつも以上に楽しく観戦できましたね。

明日の復路も楽しみです。




インドネシア語の参考書(教本)

本日は箱根駅伝の復路(芦ノ湖~大手町)が開催されたので、朝からずっと観戦してました。
母校は健闘したんですが、残念ながら昨年より順位を落としてしまいました。。。
また来年に向けて頑張って練習し、ベストなコンディションで臨んで下さい。

東京に居るときは、駅伝ルートまででかけて行って、ナマで応援することも珍しくないのですが、
今日はずっとテレビ観戦でした。

3年前はママチャリで、2年前はロードバイクで、大手町まで応援に行きました。
4年前以前は、自宅から最寄の地点まで、徒歩か車で行ってましたね。
あ、2002年は時差ぼけで早朝に目が覚めたので、往路スタートに合わせて大手町まで
行き、1区のランナーとペースを合わせながら歩道を走ってみたことがありました。

しかし、今回は床暖房の利いた自宅でぬくぬくと半袖1枚&短パン姿で応援してました(笑)

さて、駅伝テレビ観戦終了後、神保町の三省堂まで買い物に行ってきました。

私は、1年半前にジャカルタに赴任する際、新たに買った参考書は一冊(超入門編)だけで、
あとは亡き父の事務所に置いてあった大量のインドネシア関連書籍(参考書も多く含まれて
いた)を頂戴し、ジャカルタに持参しました。

発行が昭和だったり、平成一桁だったりする参考書は古過ぎて使ってませんが、平成10年
以降くらいに発行された比較的新しい参考書は活用させてもらってます。

しかし、やはりちょっと古いのと、上級者用でレベルが高過ぎたりするので、今回の帰国時に
入門編の次くらいのレベルの新しい参考書を買おうと考えてました。

到着当日(12/29)にさっそく近くの本屋(割と大きい)に行ってみましたが、最初の書店には
インドネシア語の本は一冊もなく、二軒目にも数冊しかなく、しかも入門編で、私が必要として
いるものではありませんでした。

なので、まずは一冊、Amazonで注文しました。
最初に注文して12/31に納品されたのはこれ。

1)「インドネシア語・リスニング」 ホラス由美子著   (2008年8月初版) 2500円 

なので、年を越してやっと時間が出来たので、神保町まで行ってきました。
未確認で行ったので、せっかく言っても書店が開いてないリスクもあったのですが、古本屋街は
閉めている店が多かったものの、「三省堂」や「書泉グランデ」は開いてました。

さすが三省堂、品揃えは多かったです。
でも、やはり古い書籍(新品ではありますが)も散見され、20冊くらいある中から自分のレベルに
合った参考書を3冊追加購入してきました。

2)「そのまま使える!インドネシア語会話表現集」  小笠原健二・ V.R.Kumaraningrum 共著
 (2011年2月25日初版) 2200円 

3)「聞いて丸暗記!インドネシア語入門」  監修:高殿良博/執筆:荻原道子
 (2012年12月31日初版!) 1500円  

  初版後3日間しか経ってない、超新しい本です。

4)「らくらくインドネシア語 初級」  ドミニクス・バタネオ/近藤由美 共著 
  (2011年5月17日初版) 2200円 


ネットで購入した1)は2008年初版なので、少し時間が経ってますが、2)4)は2011年、3)に
至っては3日前に初版という超最近の書物です。

亡き父は、1979年~1983年にジャカルタ駐在員であり、その後退職したあとも、2011年に逝去
するまで、インドネシアと個人貿易を続けてきたので、インドネシア語も30年超のベテランでした。

なので、蔵書にはかなり古いものや難解なものも含まれており、私が活用させてもらっているのは、
主に2000年以降に発行された比較的新しい参考書のみ。

今回(本日@三省堂)も、20冊ほど並べてあった参考書の中には、初版が昭和だったり、平成5年
とかだったり古いのもありましたが、父逝去後に初版された3冊を全て購入してきたことになりました。

言語というものは、日本語もそうですが、日々進化しており、10年前にはなかった表現もあるし、
20年前には一般的だった表現を今使うと少し不自然なものもあるじゃないですか。

なので、辞書と外国語の参考書だけは、極力新しいものを使うようにしております。

「物を買う」、特に「今あるものでも使えるのに新しいものを買う」のは非常に苦手は私ですが、
生きていく上で絶対に欠かせないお酒と、新しい知識の習得には、比較的財布が緩くなる傾向が
あるかもしれません(^_^;

というわけで、買ったばっかりなので、中身の良さ悪さについては報告できませんが、4冊勉強
してみた結果を別途報告したいと思います。

それでは皆様、今年もよろしくお願い致します。




1/4 本社に挨拶

この日は、本社の仕事始めだったので、私は休暇中ですが、挨拶と打ち合わせを
兼ねて午後から本社に出社、夜は飲みに行きました。

最後は赤坂の「Moonshiner」さんにお邪魔して、Masakingさんに新年のご挨拶を
してから帰途に就きました。

ジャカルタに来て、事故に遭い、すっかり内外の自転車仲間と疎遠になって
しまいましたが、昔の仲間に久しぶりに会って語るのは楽しいものですね。

今日は寒かったですね

私は12/29早朝に成田に到着したので、今日で一週間になりますが、寒波到来とか例年より寒いとか
言われていた割には、帰国後数日はあまり寒さを感じることはなく、「ジャカルタと違って、涼しくて
良いなぁ」とか思ってましたが、今日はさすがに冷え込みましたね。

東京の最高気温が5℃、真冬のスキー場よりはずいぶん暖かいですが、ジャカルタの30℃に慣れて
いる身としては、家を出た瞬間さすがに寒いと思いましたが、しばらく動いていると、寒さは気にならなく
なりますよね。

自転車も同様なので、冬でも走ってるとすぐに暖かくなりますよね。
足先だけは防寒対策は不可欠ですが。

去年は1月中旬に短期間帰国した際に、ちょっとだけ自転車に乗りましたが、今年の冬は日本で
自転車に寝ることはなさそうです。 というかありません(^_^;

今日は長女の大学受験・合格祈願のため、湯島天神に行ってきました。
絵馬とお札とお守りを購入しましたが、領収書はもらえませんでした(^_^;

神社は宗教法人なので、どれだけ稼いでも免税なんですよね。
まあ、こればっかりはいかんともし難いのかもしれませんが、神社仏閣から法人税を徴収できれば、
日本政府の懐も少しは暖かくなるのにと、三賀日を過ぎても大勢の参拝客で溢れている湯島天神で
ふと考えてしまいました。

1/6 日本最終日

今回、年末年始休暇を長目に取った(有休を2日付けて7日に帰国)のは、
6日に亡父の三回忌の法要をしたからです。

父が急死したのは、2年前の1/16日のこと。
昨年の一周忌も、今年の三回忌も喪主・施主の私は帰国し、法要を行いました。

父の墓は、亡父が大好きだった東京タワーの真下にある曹洞宗のお寺に決め、
そのお寺の檀家になりました。

夜は亡父が大好きだった横浜のホテルで親族一同で会食。
とても上品な会席料理だったのですが、若干ボリュームに欠けるところがあり、
家の近くに戻ってから、思わずラーメン屋に入ってしまいました(^_^;)

でもって、止めときゃいいのに、酔った勢いで、激辛ラーメンを食べてしまい、
翌日は空港まで行かなければならないのに、トイレが大変でした(>_<)

年末年始の休暇も終わり、任地ジャカルタに帰ります!

三賀日明けに亡父の三回忌をやらねばならなかったので、少し長めに取った年末年始の休暇も
今日で終わり。 というよりも、既に成田空港に着いており、これからジャカルタ行きのフライトに
乗るところです。

高校3年生の受験生で、センター試験を1/19に控えている長女は、さすがに臨戦態勢でした。
朝は6時半に家を出て塾に行き、帰宅はなんと23時少し前。
家では風呂に入って寝るだけで、朝7時から夜22時まで、1日15時間ほど塾で勉強している
という生活でした。

さすがに大晦日と元旦は塾が19時で終わるらしく、20時前後に帰宅してましたが、年末年始
1日も休まず塾通いとは恐れ入りました。
私が高校3年生だった年は、もちろんそれなりに勉強しましたが、元旦は完全休養日にして
お屠蘇とか飲んでましたからね(^_^;

一方、高校1年生の長男の方は、のんびりムード。
部活や部活の用事で外出することはあったものの、正月早々1/3から友人達を家に連れてきて
遊んでいたり、モモクロのDVDをひたすら観続けたりと、箱根駅伝中継中以外は、ほぼテレビを
独占しておりました(^_^;

さて、我が家は4人家族ですが、遂に全員コンタクトレンズを着用するようになってしまいました。
私の場合、昨年10月までは連続装用レンズを使っていた、というか2週間くらい寝ている間も
外さないという使い方をしていたので、近視であることを忘れてしまうほどだったのですが、
この2-3ヶ月は半日はメガネ、半日コンタクトという状態が続いております。

作日の昼過ぎの出来事、13時から始まる法要に出かけるため、4人全員が洗面所に
殺到し、コンタクトを着用し、身支度を整えなければならない状況に。
私以外の3人は手際よくレンズを装着してましたが、長年楽な連続装用に慣れ切って
2週間に1回、休日にのんびりと広い洗面所でコンタクトを装着する生活も1年半、自宅の
狭い洗面所で限られた時間でコンタクトを装着するのは至難の技です(^_^;

「パパまだ~??」とか催促されると、さらに上手く行かず、シンクの中に落としてしまったり、
裏返しに装着してしまったりと、ますます上手く行きません(^_^;

コンタクトレンズに限らず、単身生活に慣れてしまうと、仕事以外は超マイペースになって
しまうので、いけませんね。

明日から、11日ぶりに仕事に復帰です。
もっとも、休暇中も仕事のメールは全部チェックしていたし、レポートも書いていたし、本社で
打ち合わせもこなしたので、完全休養ではないのですが、やはり任地で朝から晩まで仕事漬け
になる生活は11日ぶりとなります。


箱根駅伝(悲劇の途中棄権と意地のリベンジ)

本日より任地ジャカルタでの勤務を再開しております。
30℃の気温差を往復する際、一番のストレスは、長袖で暑いジャカルタで
汗だくになることですね(^_^;

さて、以下は昨夜飲みながら書いた記事です。(泥酔はしてませんよ:笑)

私は、最近の15年くらいは箱根駅伝の大ファンなのですが、それ以前は
同じく冬のスポーツであるスキー(アルペン競技スキー)が専門だったので、
駅伝観戦には全く縁がありませんでした。

1993年に、駅伝コースに近い場所に引っ越したにも関わらず、94年正月は
スキーに明け暮れ、箱根駅伝など眼中にないまま、94年6月に中東に赴任して
しまったので、98年正月まで、駅伝とは無縁な生活でした。

しかし久々の日本で、家から徒歩5分の場所を駅伝選手が走るってことを知り、
98年正月は初めて応援に行きました。

その後も、毎年、(早朝ではない)復路10区だけですが、沿道での応援に
駆けつけてましたね。

2002年正月というのは、入社15年目のリフレッシュ休暇を頂いて、大晦日
まで家族でハワイに居たのですが、元旦の夜に帰国。

翌2日、時差ボケで早朝に目覚めた私は、箱根駅伝1区スタートの大手町に7時半頃に
到着し、最初で最後の、あの「スタート前の盛り上がり」を体験したのであります。

以来、正月を日本で過ごさなかった04年と12年を除く「98・99・00・01・02・03・
05・06・07・08・09・10・11・13年」の計14回は関東で駅伝観戦してます。

活躍していたチームと言えば、「順天堂」「駒沢」「東洋」の3校が圧倒的に強く、
途中「亜細亜大」と「早稲田」が1回ずつ優勝したって感じでしたでしょうか。

それ以外では、98年が「神奈川大」、そして今年が30年ぶりの「日体大」優勝
でしたね。

その中で、皆さんの記憶に残る記録(感動した走り)って何(どの選手)でしょうか?

「山の神、柏原竜二を有した東洋大の往路4連覇」ですかね?
「元祖・山の神、順大・今井正人の、5区連続3回区間新記録の圧倒的な走り」
でしょうか?

はたまた「00年初優勝の駒大が、02-05年に4連続総合優勝」を成し遂げた
快挙でしょうか?

もちろん、前年度19位と64回の歴史を通じて史上最低の順位という屈辱から
予選会を突破して、無名選手の安定した力走から、見事30年ぶりの総合優勝を
果たした今年の日体大も、今後しばらく忘れられない快挙であることは間違いありません。

それぞれ、強烈な記憶があろうかと思います。

上述の派手な記録とは別に、私個人としては、個人的にとても印象的なリベンジ記録があります。

それは、05-07年の3年間の5区で圧倒的な強さを見せ、「(元祖)山の神」と呼ばれた
順天堂大学の今井正人選手が卒業したあとの08年、そして09年の順天堂・5区の
記録です。

07年、今井正人選手の驚異的な5区の走り(往路優勝)を復路でも繋ぎ、見事総合優勝
した順天堂。 その時、2年生ながらもエース区間2区を任された「小野裕幸選手
という、知る人ぞ知る地味な選手(期待の若手)が居ました。

その小野選手は、「元祖・山の神」である今井選手が卒業したあと、期待のエース
として、3年生で5区を任され、激走しました。

しかし、残念ながら5区でタスキを受け取った時のチーム順位は屈辱の18位、
彼は「今井先輩に恥ずかしい成績は見せたくない」と思ったのか、無理な激走をし、
随分と順位を上げる好走だったにも関わらず、ゴール直前500mで低血糖状態に
なり無念のリタイア。(このシーンは記憶にある方も少なくないはずです)

実はこの小野選手、私、ドバイ空港で偶然会ったことがあるんです。
07年の駅伝でエース区間を走ったことから、彼の顔には記憶がありました。

その彼が、07年の2月か3月頃だったかな、ドバイから名古屋に飛ぶフライトを
待つ空港・待合室で出くわしたのでした。

個人的にドバイに来ていたのか、07年正月の優勝があったからの「ご褒美旅行」
だったのか、トレーニングのために中東まで来ていたのかは分かりませんが、
明らかに彼がドバイ空港に居たのです。

申し訳ないけど、「ガン見」してしまいました(^_^;)
そういう日本人が多かったのか、彼も照れ臭そうにしてました。

「こいつが来年、活躍してくれるんだろうな!」と期待を含め、彼に熱い視線を
送っておきました。

でもって、迎えた翌年08年の箱根駅伝。
小野選手は3年生ながら、「山の神」のあとを走り、屈辱の途中棄権。

ここまでは、記憶にある方も少なくないと思うのです。
圧巻は、翌年09年なんですよね。

4年生キャプテンとなった小野選手は、史上初の「途中棄権区間リベンジ」を
やってのけたのです。
どうやら、途中棄権という不名誉な実績を残した選手は、その区間を嫌い、
同じ区間でリベンジに挑んだ選手は過去に一人も居なかったそうです。

しかし彼はそのリベンジに挑んだ。
09年は、「新・山の神、柏原竜二選手」が鮮烈な1年生デビューした注目の年です。

もちろん柏原選手には勝てませんでした。
そもそも襷を受けた時点で最下位23位ですから、勝負にもならないし、テレビにも
映りませんでした。

しかし、小野選手は、誰にも注目されないまま、前年のリタイアという屈辱を
背負い、神・柏原に次ぐ「区間2位」の記録で、雪辱を果たしたのです。

この記録は目立たないし、覚えている人も少ないでしょうが、たまたまドバイで
彼に出会った私的には、感動する記録でした。

箱根の借りは箱根でしか返せない」、まさにそれを地で言った、小野選手の
維持だったんだと思います。

彼は今でも実業界で活躍してます。
目立たない選手ですが、応援したい選手の筆頭に上げたい選手ですね。


●昨日のローラー台:  16km
 今朝のローラー台:   16km


1/9 多忙です

前日の8日は、出張者(社内)と夕飯。
この日は夕飯のみで終わり。 帰宅後飲み直してました。

年始に2日休んだだけですが、書類は山積みで、締切の迫った仕事もあり、
バタバタと1日が過ぎ去りました。

でもって、退社後、今年初の食材の買い出しに行き、この日は自炊でした。

1/10 ステーキの標準サイズは国によって違いますね(^_^;)

この日から、スマトラ島に行っていた、新会社の社長になる人も合流し、夜は
取引先とアンガス・ビーフを食べたあと、カラオケに(^_^;)

日本も同じくらいかと思いますが、ジャカルタのステーキ屋さんも、150gから
始まります。 日本だと80gとかもあったかな。

150-200-250-300gと設定がありますが、我々社内3人は「150gで十分だよなぁ」
とか言いながら、「特上フィレステーキ」の150gを注文。 お値段は2500円程度。

取引先の方は、「質より量で行きます!」と、サーロインを250g頼んでました。

150gのステーキって。。。。。。。やっぱり物足りない(^_^;)
ペロッと平らげてしまい、250-300gにしておけば良かったと後悔。

そう言えば、中東駐在時代や、オーストラリア出張時とか、ステーキの最低単位が
300gくらいで、250gとかあっても「女性用ミニサイズ」みたいな設定だったような。

普通の成人男子は、当たり前のように400gとか600gとか食べていたような。
やはりアジア人は胃袋も小型なんですかね(^_^;)

次回からは、安いやつで良いので、300gを注文しよう♪




乗る車を間違えた(^_^;)

昨夜は取引先接待(ステーキ)のあと、社内の出張者と3人でカラオケに(^_^;)
1次会でもオーストラリア・ワインを結構飲んで良い気分だったのに、それに
加え、カラオケでも約3時間ウィスキーをがぶ飲みしていたので、午前零時過ぎに
店を出た際(5時間飲み続けたあと)はさすがに酔いが回ってました。

店を出た瞬間の記憶はあり、出張者の一人(私の前任者)が、別の店にハシゴ
しようとしていたので、「俺は帰るよ~」と言って帰ったのは良いのですが、
私の専属運転手の車に乗って帰ったつもりが、今朝になってから、どうやら
乗るはずではない車に乗って帰ってしまったことが、出張者の証言により判明(^_^;)

インドネシアではトヨタのシェアがトップであり、私の車はカムリ、部で公用に
使っている車は、日本で言う「Innova」、現地では「Kijang」と呼ばれてます。

出張者のトランクをKijangに積み込んでいたので、彼はこのKijangに乗って
ホテルに帰らないと荷物がない状態。
なので、当然先に帰る私は、いつもの通勤車カムリに乗って帰らねばならない
ことは自明です。

でもって、俺はカムリで帰ったつもりでした。
本日、出張者から指摘されるまで、ずっとそう思ってました(^_^;)

でも、5時間がぶ飲み続けていたので、酔っ払ってたんでしょうね。
2人の運転手を呼んで、先にKijangが来たのでしょう。 覚えてないけど。
酔っ払っていた俺は、カムリに乗るべきなのに、Kijangで帰宅してしまった模様。

驚いたのは出張者。
もう1軒飲んで1時半過ぎににホテルに帰ろうとしたら、居るはずの車がいない(>_<)

ダメ元で私の運転手(カムリ)に電話すると、ブロックMで待機中とのこと。
2人の出張者はカムリでホテルに帰ることはできたそうですが、内1人はトランク
の荷物をKijangに積み込んだまま(^_^;)

荷物なしでチェックインという事態にもなりかねなかったんですが、幸いKijangの
運転手はホテルで午前2時まで待機してました。

無事荷物を受け取ってチェックインできたという話を今日聞きました(^_^;)

恐らく私は酔っ払って、カムリに乗って帰ったつもりでしたが、恐らくホテルに
付いた瞬間、一瞬正気に戻り、Kijangの運転手に「出張者2人が戻ってくるまで
ここで待機してろ」と指示したんでしょうね。 たぶん。。。。

まあ、結果オーライですが、ひとつ間違えれば、出張者に大迷惑を掛けるところでした。 反省反省

●本日のローラー台:  12km

明日は土曜日ですが夜は会食です。
割り勘なんですけどね(^_^;)



円安大歓迎!

ついこないだまで80円前後だった円相場(対米ドル)が遂に89円まで円安に
進みましたね。

日経新聞によると、先週一週間の下落率は世界の通貨の中でもダントツだった
そうです。(下記表参照) 半年という基準でもトップですね。


Currency 7-11 Jan


ここで興味深いのが、円に次いで2番目の下落率を誇る(?)のが私が普段使って
いる「インドネシアルピア」なんですね(^_^;)

私の給料は米ドル建ですが、住宅ローンや教育費、家族の生活費、留守宅の
光熱費などは全て円建てですので、対ドルで円安になると、円転した際の金額が
増えるのでありがたいことです。

でもって、米ドル建の給料の一部を現地通貨インドネシアルピアで定額支給し、
残りのドルを円転しているわけです。

つまり、ルピアが対ドルで下落すると、残るドルが増える。
でもって、残ったドルを円転する際のレートが円安だと、ドルベースの原資が増えた上に、
良いレートで円転されるので、円建支給額が数万円単位で増額するんですよね。
最も円高で最もルピア高だった時と比べると、5-6万円も違ってきます。

これは非常に美味しい。
但し、ルピア安が続くと、輸入製品が値上がりし、インフレも加速するので、
生活費が足りなくなるという事態にもなるわけですが、ジャカルタでは飲み代
くらいしか使ってないので、大した影響はありません。

余談ですが、ルピア支給額は個人の自由に設定できるのですが、私の支給額は
社内で一番低く、次に低い人の75%しかないそうです(^_^;)

私の場合、モノを買う趣味がなく、かつ金の掛かる趣味もないので、下手すると
週末の土日で1円も使わないなんてこともあります。

海外勤務は出稼ぎですので、外地では極力節約し、住宅ローンの返済に回さないと、
まだまだ教育費も掛かるし、帰国後大変なことになってしまいますからね。

円安でもう一つ嬉しいのは、UAEに5年以上塩漬けになっているドル資産
(厳密にはUAEディルハム建ですが、ドルリンクなので、対ドルで円高に
なると大幅に目減りする)の円建ての価値が上がること。

直近の7-8年で一番円安だったのが、2007年7月(124円=米ドル)であり、
まさに私が帰任辞令をもらった時なんですが、「もっと円安になるかもしれない」
と欲張って、外貨のまま保有していたら、その後数年で2/3未満に目減りして
しまいました(>_<)

円高のピークは「75.78円=米ドル」でしたので、今日のレート(89円)は
最悪だった時より17%も改善している。
124円の時と比べるとまだまだ大負けですが、17%の改善は嬉しいです。

「欲張ったせいで損をした」という事実は変えようがないのですが、ものは
考えようということで、実は前向きに捉えてます。

というのも、前回の中東駐在からの帰国後は、しばらく住民税もなく、所得税も
少なかったので、久しぶりの日本ということもあり、多少財布の紐も緩んでいて
飲み会のたびに二次会・三次会(キャバクラ系)に繰り出していたのですが、
貯蓄が底をつき、かつ住民税がフルに掛かってきたことから、生活が苦しくなり、
「三次会封印宣言」をし、節約モードに入りました(^_^;)

これがもし、外貨を良いレートで円転していたら、この分まで使い切ってしまって
からしか節約モードには入れなかったって思うんですよね。

なので、「外貨塩漬け」は、ある意味「無駄遣い防止」になったのかと、前向きに
考えるようにしてます。

●本日のローラー台:    60km




ポタリング企画参加できず残念でしたが。。。。

今日はポタリング企画があり、ジャカルタ自転車部所属の自転車乗りが
大勢集まり、午前中のポタリングのあと、BBQをやるという魅力的な
企画だったのですが、残念ながら参加できませんでした。

事故から7ヶ月経ち、そろそろ「ゆるゆるライド」から自転車活動を再開
しようと思っていたので、今回の企画は打って付けだったのですが、仕事の
事情で参加できず。

自転車活動再開は、別の機会に延期です。

それはそうと、昨夜は取引先の方と遅い時間から飲みに行きました。

その方は、例のスマトラ島に建設中の工場における重要な立場の方であり、
11月初に第一陣として現地入りし、2ヶ月間現場を取り仕切り、計画より
早く工場完成に漕ぎ着けてくれた責任者(現場総監督)です。

私が赴任した一昨年7月以降、何度も一緒に現地入りし、今回のプロジェクト
について、色々と議論し、大いに飲んで騒いで来た仲間でもあります。

もうひと方、本プロジェクトの技術総責任者の方とも懇意にさせて頂いている
のですが(その方とは明日飲みに行きます)、昨夜ご一緒した現場監督の方とは
昭和39年生まれの同い年ということもあり、一昨年以来仲良くさせて頂いて
おります。

既に弊社の接待枠はなくなってしまったので、お誘いする場合も、割り勘と
なります。 なので、既に会食ではなく、プライベートな「飲み」なんですよね。

彼は基本的に現場勤務ですし、私は忙しく11月以来現場に行けてないので、
年末年始は現場で過ごされ(ずっと仕事されてました)、年明けてから診療の
ため数日間帰国していた彼が、ジャカルタを経由して現場に戻ると聞いて、
お誘いしたわけです。

ご馳走できるわけでもないのに図々しいかなと思ったんですが、結果オーライでした。
とても喜んで頂けたし、「もうこれからは取引先でなく、友達になろうや」って
ことで、楽しく樹林で飲み、楽しくカラオケで歌い、楽しく帰宅しました(^_^;)

ここでちょっと反省です。
今まで、接待枠があると思って、ついつい接待してましたが、実は割り勘で
飲む方が距離感って縮まるんですね。

「数え年50歳」になった私(現場監督も同じ)ですが、今更ながら、そんな
基本的なことを感じた昨夜でしたね。

帰宅は午前2時でしたが(^_^;)

●本日のローラー台:  73km





予算とカラオケ

入院中は酒も飲めず暇なので、忙しくて記事をアップできなかった日の記事を、後日埋めていくことにします。
まず、1月14日。

この週は予算提出の〆切と、社長への説明、そして火曜日夜から金曜日いっぱい出張者が来る予定だった
ので、朝から予算作業に終われてました。

しかし例のスマトラ工場関連の技術面を取り仕切っている方がジャカルタに一泊される予定だったので、
接待アカウントはありませんが、割り勘で飲みに行きました。

この方は一週間前にもジャカルタに一泊されており、そのときはお誘いできなかったのですが、私宛に
上等な焼酎を2本も置いていってくれたので、頂いた焼酎を持って行き、居酒屋で飲みました。

居酒屋は割り勘で1人3000円程度、しかも21時前に終わってしまったので、「もう一軒、軽く行きますか」と
ブロックMのカラオケに(^_^;
こちらは2人で15,000円程度でしたが、前回はご馳走になってしまったこと、今回も焼酎を頂いたことから、
私が10,000円負担させて頂きました。

予算と洪水の始まり

翌日が朝から外出予定で、16時から始まる社長への予算説明会議までずっと外出予定だったので、
この日も朝から晩まで予算資料作成に没頭してましたね。

この日の夕方、社内外の出張者が4名到着したんですが、予算作業が終わらなかったら、夕食どころでは
ないので、声は掛けてませんでしたが、手渡す資料があったことと、20時頃には資料も出来上がったので、
軽く飲みに行きました。

しかし、前日の月曜日からずっと雨が降り続いており、普段なら15分で行けるホテルまで渋滞の中、
1時間以上かかって到着、会食は21時過ぎ開始となりました。

会食後すぐに寝れば良かったんですが、約一名、飲み足りなさそうな後輩が居たので、私のアパートで
夜中の1時半まで飲み直し、翌日は辛かったです(^_^;
プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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