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カリマンタン出張(カラオケ屋レポート続編)

機密事項があるので詳細は書けないんですが、今回のカリマンタン出張は、とあるプロジェクトに関する
現場視察が主目的でした。

日曜日の夜に現地入りし、月曜日は往復12時間かけて色々と視察、翌日の火曜日もスピードボートで
対岸に渡るなどして現場を視察。

カリマンタン島って、オランウータンがたくさん住んでいるらしいので、素朴な田舎町を想像してましたが、
少なくともバリクパパンや古くから栄えているサマリンダなどは、ジャカルタ並みの渋滞があるほど都会で
人間も車も多く、予想以上に発展した都市であり、抱いていたイメージとは全然違いましたね。

いきなり初日からカラオケに行った話は前回書きましたが、カラオケ屋の女性従業員(Assistant Manager
という肩書きの名刺をもらった)にうっかり携帯番号を教えてしまったことから、翌日から来店依頼のメールが
途絶えません(^_^;

さすがに2日はホテル帰還が23時過ぎだったので、行きませんでしたが、「ボトルは半額にするから」とか
「入店料は無料にするから」とか、種々の勧誘に負け、3日目(昨夜)は再度来店することに。

前回同様、5500円の「超可愛い」グループから選ぼうと思いましたが、既に22時を回っていたこともあり、
3人しか残ってません。

一人可愛い子が居ましたが、こちらは3人なので諦め、今回は「普通」グループからチョイスします。
こちらは10人くらい居ましたが、そこそこ可愛い子も居たので、我々3人の内2人は「普通」グループから
選びました。

もう1人はプレミアム・グループからチョイスしましたが、私が可愛いと思った子ではない子を選んで
ましたね(^_^;

驚いたのは、私が指名した子が、「貴方達、さっきBSDモール(ショッピングモール)に居たでしょ?」
指摘されたこと。  はい、我々3人は仰る通り、そのモールも視察しておりました(^_^;

それにしても、指名した女の子ろ、夕方ショッピングモールですれ違っていたとは驚き。
女の子の方も驚いたことでしょう。 夕方モールで見かけた日本人3人組が、そろって勤務先に現れ、
しかも大勢の中から指名されるとは(^_^;

一応、人口10万人は居る中堅都市なんですがね。

結局午前1時過ぎまで3時間飲んで歌って踊って、カリマンタンの夜を満喫し、今帰りの機内で、
二日酔いの頭を抱えつつ、この記事を書いている次第です。

ちなみに、そのお店のボトル料金はジャカルタよりかなり高く、ジャカルタではシーバスリーガルが
8500-9000円が通常料金で、半額プロモーションも頻繁にあるのに、カリマンタン価格は、なんと
13,000円もします。

但し、店のマネージャーから「半額オファー」をもらっていたので、昨日は6500円で入れることが
できました。 1本目は初日に飲み切っていた模様(^_^;

ちょっと面食らったのは、勧誘メールの本人(女子マネージャー)は不在だったんですが、その命を
受けたいた結構可愛い従業員(昨日初めて会った)が、私が来店すると同時に「○○さん(私の本名)、
いらっしゃいませ!
」といきなり実名で歓迎されます。

しかも「○○さん」という部分は普通に日本語の発音なんですよね(^_^;
その後も、部屋を出てトイレに行こうとすると、全く別の従業員から、「○○さん、トイレはあちらです」
と案内されたりと、すっかりカリマンタンのカラオケ屋で有名人になってしまいましたよ。

さすがに、3日の内、2日も行ったら、名前覚えられても仕方ないか(^_^;

今回は本社から「費用は本社で負担するので、しっかり接待して下さいね」との要請を受けていたので、
その任務は果たせたと思います。 もちろん仕事の任務もしっかりと果たしましたけどね。

実は今回のカリマンタン出張、日本がGWであることから、年1回の休暇を使って帰国するつもりだった
のですが、急遽取引先の都合で、この期間にカリマンタン&ジャカルタに取引先の要人が出張される
ことになったので、已む無く休暇はキャンセルし、今回の任務に当たったわけです。

まあ、一度カリマンタンには来てみたかったというのもあったんですが、休暇を犠牲にしての出張です
ので、本社費用でのカラオケ接待は許されることでしょう。

初日はボトル代も高く、全員プレミアム女子を選択したので、総額4万円を超えましたが、昨夜は
2人が普通(Biasa)女子で、ボトルも半額だったので、2.5万円で済みました。
本社の部長さん、ご馳走さまでした(^_^;

ちなみにこの部長さん、私が本社で豪州担当していたときに豪州駐在員で、メルボルンのキャバクラに
よく連れてってもらいました。



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5/2  終日会議、夜はカラオケ(^_^;

この日は月曜&火曜日のカリマンタン出張(現場視察)を受けて、関係者一同で終日会議でした。

前日の夜は取引先にご馳走になってしまいましたが、前日からインドネシア入りされた方も居たので
カリマンタン組は連荘になりますが、ジャカルタのカラオケ屋にも行ってしまいました(^_^;

これはこれで楽しかったのですが、本日の会議は眠かったです(>_<)

5/3 久しぶりのデスクワーク

前々日のカラオケ屋は当社負担(本社負担)だったので、前日の夕食も取引先の方にご馳走に
なってしまいました。

今週はカリマンタン出張と定例会議だったので、まともにデスクワークができたのは、本日金曜日のみ。
但し、日本が既にGWに突入していたので、日本からのメールはなく、比較的落ち着いて仕事をする
ことができました。

いやぁ。。。。。それにしても、4月は出張・来客が続き、忙しかったなぁ。。。。



かつての部下からの結婚式招待状

数日前、かつて中東の事業会社で社長をやっていた時代に販売担当だったインド人の部下から
お嬢さんの結婚式の招待状が届きました。

その会社で私が社長をやっていたのは2003年~2007年。
38歳での社長就任は身が引き締まる思いでした。
私が初代でしたが、今は既に3代目の社長を送り込んでおります。

業績はドバイ・バブルの増長と崩壊により、極端な増減を記録しておりますが、設立以来未だに赤字
決算は出していないという意味では、事業計画を書いて経営陣を説得し、自身が初代社長として赴任
した張本人としては、投資判断に狂いはなかったと、10年後の今、確信している次第です。

まだ30代の若造だった自分が設立した会社が、一度も赤字を出さぬまま、10周年記念を迎えられたことは、
とても感慨深いものがあります。 

私自身が尽力したのは4年強ですが、反対意見の多い中、一人ずつ説得し、投資を認めさせた当時の
投資判断は間違ってなかった。 中東のスペシャリストでしたので、当然と言えば当然だったのですが。

アジアは素人なので、なかなか案件の発掘・推奨ができず、苦労の日々を過ごしております。
専門分野以外で、投資判断をするのはとても難しい。
そういうことを痛感している毎日です(^_^;

話を戻しますが。。。。。

もう6年も前にドバイを去り、その後一度も訪れていないにも関わらず、招待状を送ってきてくれる
のは純粋に嬉しかったです。

お互いの近況報告をしたあと、彼から「ドバイに来る予定はないのか?」「ドバイで働く予定はないのか?」
という問い合わせがあり、「俺は2016年交代予定の、4代目社長として是非赴任したい」と回答。

返信は「インシャ・アッラー(神のご加護次第)」でした(^_^;

でも、私も「アフリカ」「中東」「中東」「ジャカルタ」と4回の海外勤務をこなしてますが、次の帰国予定は
2015年頃、50歳から51歳になるころです。

どうせこの年齢で帰国してもまともなポジションはもらえそうにないので、日本に帰国した瞬間から、
「早く次の海外に出してくれ!」と手を挙げる予定なので、日本で使い物にならず、海外経験豊富な
俺には、55歳になる頃までには次の赴任地を会社が用意してくれることを期待するのみです。

私は本社での仕事はかなり苦手ですが、海外経験だけは豊富なので、そういう会社人生で良いと
思ってます。 実際そういう先輩達もたくさん居ますので。

あいつは本社に置いとくよりも、外に出した方が、会社のためにも本人のためにもなるだろう」と
思わせたら勝ちです。 そうやって、50代半ばで海外駐在8回目、なんて猛者も居ますからね(^_^;

8回は無理にしても、5-6回は狙いたいものです。
得意分野=海外駐在」ですから(^_^;


<追記>

社長解任後の会社の仕打ちは酷いものでした。
そもそも、解任の理由が、「任期満了」と「不良債権の管理不備」だったんですが。

後任社長の方が、不良債権を増大させる結果となりました。 (状況も変わったし)

俺が不運だったのは、報告が完璧でなかったのと、報告を受ける側からのサポートがなかったことかな。
いつも悪者は俺だった。

なので、帰国後の4年間は干されてましたよ。
社長から、いきなり平社員でしたからね(^_^;

でも、オーストラリアを担当させてもらったのは、自分の人生という意味では広がりました。
自転車も乗ったしね♪

キャバクラにも散々行ったし(^_^;

人間万事塞翁が馬、何が起きても腐らず行こう!




食事のマナー、とか色々よぱらい(^_^;

子供が大きくなると、子供の日とか、特にイベントの無い感じの普通の日曜日ですね。
インドネシアは明日から普通に仕事ですし。

さて、突飛なタイトルですが、食事するときのマナーって、育った環境(親の性格)に影響される
ものだけれど、私の場合、あまり親の影響はないように思う。

私はモノを食べるときに、クチャクチャ音を立てる人はとても気になりますが、子供時代に親から
「食べるときに音を立ててはいけませんよ」という指導を受けた記憶はありません。

しかし、私は、食事中にとてもよくこぼします。
大皿から自分の皿に取るときとか、自分の皿から食べるときとか、必ずこぼします。

つまり、とてもテーブルが汚れるわけです。

私の場合、「食卓は汚れるもの」「食後キレイに拭き取れば良いもの」と割り切っているので、食卓が
汚れることに全く抵抗はないし、ましてやランチョンマットとか敷いてるなら、そのために敷いてるんだろう?
ってな感じで、簡単に洗えるランチョンマットが汚れることは全く気になりません。

かつて我が社の社長をやっていた人物(社長になるくらいですから、仕事はできたのでしょう)が、
「スープを飲むときに、ズズーッと音を立てて飲むのが下品だ」とか指摘されてました(^_^;

アラブ人もアジア人も比較的、音には無頓着ですよね。

酔っ払ってるんで、話題変えます。

私が酒好きであることは、このブログを少しでも読んだことのある方には周知の事実です。
レストランや居酒屋でお酒を注文したのに、なかなか出てこないとかなりイライラします。

冷静に我慢できるのが「1分」、イライラしながら我慢できる限界が「3分」、3分経っても来なければ、
必ず催促します。

お酒さえサーブされていれば、食べ物が20分30分遅れても気になりません。
ひたすらお酒を飲み続けます。 すぐに出るかわきものくらいはあった方が嬉しいけど。

でも、お酒がカラになってる状態で、熱々の見るからに美味しそうな食べ物がサーブされても、僕は
箸を付けません。

食べ物をサーブしてくれた店員に、冷静に「飲み物を注文してから、3分12秒も経過しているのに、まだ
サーブされず、私は非常に不満である」と、引き攣った笑顔で強く催促致します。

その後、1分以内にお酒が到着すれば合格、さらに2分以上待たせたら不合格。
調理するわけじゃないんだからさ、酒くらい注文後23秒以内にサーブしろよと、俺は言いたい。。。。

すみません、よぱらいです(^_^;




独り言

ブログって自分の日記じゃないですか。 少なくとも僕はそうです。
なので当然読み返すわけです。

今から丁度一週間前、僕はカリマンタンのカラオケに飛び込みで行ってたんですね(^_^;
今は懐かしい感じですが、まだ一週間しか経ってない。

最近そういうこと多いんです、随分前のことが、ほんの数週間前だってことが。

以前は逆で、「ちょっと前はさ」、えーと1993年くらい? みたいなオッサン丸出しなコメント
していたんだけど、変わりましたね。

うん。(^_^;

激辛系食べ物による強烈な腹痛(>_<)

以前はそれほどでは(いや、全く)なかったのですが、加齢と共に胃腸も弱くなったのか、最近は大好きな
激辛系の食べ物を食べた翌日は腹痛に襲われるようになってしまいました。

腹痛と言っても、激辛系を食べた12時間後くらいに、2-3回トイレに駆け込む程度で、それ以上の
腹痛はなかったのです。

なので、翌日が車で移動するような仕事や出張のときは、辛いものは控えていたのですが、今日は
丸一日デスクワークの予定だったので、昨夜つい油断してスープに辛い香辛料をタップリ入れて食べて
しまいました(^_^;

「Soto Ayam」というインドネシアの名物料理で、「チキン・ヌードル・スープ」なんですが、辛さを個人
個人で調整できるよう、スープ自体はちょっとしょっぱいけど、唐辛子系の辛さではありません。

そのスープと一緒に、これもインドネシア名物の唐辛子系スパイスで「サンバル」というのがあるの
ですが、このサンバルが小皿に乗ってサーブされます。

以前であれば、こんなのへっちゃらだったんですが、最近翌日のトイレが気になって、翌日外回りの
際には、1/3くらいしか入れないようにしてましたが、昨夜は「明日はデスクワーク」ということで、
小皿に入ったサンバルを全部スープに入れてしまったのです。

激辛系が大好きな私としては、本当に美味しかったです♪
普段は夕食時に米はあまり食べないのですが、米が進むほど美味しかった!

でもって、予想通り、今朝6時過ぎにお腹が痛くなり、トイレに直行(^_^;
ここまでは、想定内だったんです。

ところが、このあと、トイレは関係ないんですが、胃なのか腸なのか良く分からないのですが、腹部を
突き刺すような痛みが10分おきに発生し、仕事どころではありません(>_<)

まさに七転八倒という感じで、脂汗を垂らしながら、デスクに突っ伏しそうになりながら、メールを読んだり
書いたりしてました(^_^;

次第に突き刺す痛みが襲ってくる間隔が15分・20分と長くなってきて、かつ仕事が手に付かない痛みの
長さも2分・1分・30秒と短くはなってきたんですが、結局夜になるまで、間隔は延びたものの、この痛みに
襲われる羽目に。。。。。(>_<)

もっとも(ネット検索の結果)、普通の日本人は、激辛系を食べると、翌日同じような症状を味わう人は
少なくないらしいのですが、私は従来大丈夫だったのに、今回は完全にやられましたね(^_^;

というわけで、今日は激辛系は封印し、豆腐とフルーツというヘルシーな夕食です。

あぁ。。。。しかし今日は辛かったわ。。。。。

若い頃は「ボルツ(カレー)の20倍スパイス」とかを、「水なし、米なし」で食ってもへっちゃらだったのに、
寄る年波には胃腸も勝てませんなぁぁ。。。。

ちょっと前まで、ラーメンには七味唐辛子を1分ほどかけ続けて、真っ赤にして食べていたのに。。。。。
そんなことしてたから、胃炎になったのだろうか??


<追伸>

胃の具合が悪かったので、お酒は少し控えめにし、ビールを2本飲んだあとウィスキーのソーダ割りを
6-7杯で済まし、23時過ぎには早々に床に就いたのですが、この量では朝まで眠れませんでした(>_<)

午前3時過ぎにスッキリハッキリ目が覚めてしまったので、ビールを3本追加しつつ、胃薬を飲んでます(^_^;

明日(今日)は忙しいのに、睡眠不足じゃイヤだなぁ。。。。
やっぱり体調悪くても、ちゃんと一定量は飲まないと、睡眠不足となり、仕事に差し障るので、
明日からは、しっかり飲もうと思います。




どうやら急性胃炎になってしまったようです

激辛系の食べ物を食べても以前は何ともなかったのに、今回はすっかりやられてしまいました。
以前はトイレに行きたくなることすらなかったのに、今回はトイレどころか完全に急性胃炎です。

2日経過した今でも時々胃がキューっと締め付けられるように痛みます。
もっとも、昨日よりはだいぶマシになってきてはいますが。

しばらく激辛系は避けなければなりませんね。

胃炎や激辛についてネット検索していたところ、韓国人の多くの方は唐辛子の辛さを口でも
体内の粘膜でも殆ど感じないそうですね。 驚きです。

唐辛子文化が長年続いていることから、遺伝的に唐辛子に対する耐性ができているようです。

辛さは後天的にも慣らすことはできるようですが、私の場合、長年かけてだいぶ慣らしてきたにも
関わらず、最近は粘膜も老化したせいか、若い頃のようには行かなくなってしまいました。

ここらで用心しておかないと、胃潰瘍とか胃癌にも発展しかねないので、丁度良い危険信号と
捉え、激辛ハントはしばらくお休みモードとします。

アルコールは止めませんけどね(^_^;
睡眠が確保できる程度のほどほどに。。。。。




5/9 今日は祝日(初めて知らないインドネシア人と一緒にゴルフ)

5/9は我が実弟の44歳の誕生日でありますが、インドネシアはキリスト教の祝日です。
というわけで、ゴルフに行きました。

いつもの「ハリム2」だったのですが、とても混んでます。
私は下手なので、他の組とのジョイントは極力避けたい。

だからこそ、混まないゴルフ場を選んでいるのです。
しかし、今日は許されませんでした(^^ゞ

知らない日本人と一緒に回るのが一番気を使うので、それだけは勘弁してもらいたいと
思っていたら、不幸中の幸い、インドネシア人の2人組にジョインします。

一人は100くらいの方、もう一人は80-90くらいで回る感じの方だったので、
結構緊張しました。

お二人は、既に60歳代で、外資系(仏系の石油会社:TOTAL)を退職したばかりだと。
インドネシアの退職年齢は普通55歳なので、60歳で退職ってことは、役員クラスだと
思います。 だからこそゴルフも上手いのでしょう。

彼らは英語も流暢なんですが(あとで分かった)、とりあえずインドネシア語で話し始めます。
夜のカラオケより、よっぽど勉強になりますねぇ。。。

しかも大手企業の幹部だった方達ですから、極めて紳士です。
初心者の私には、優しく「リラ~クス~」と言ってもらえます。

私は取引先ディスカウントでゼクシオを使ってるんですが、「40%ディスカウントで買った」と
自慢すると、スライスでOBするたびに、「ディスカウントの分、真っ直ぐ飛ばないな」と
ジョークを言われ、大笑いしながら、18ホール回りました。

最初は緊張したけど、楽しかったです。
初めて知らない人とラウンド周りましたが、スコアは割と良かったです。

<追伸>

これを言うと、一部の方から反感を買うのですが、私、年齢の割には髪の毛が余るほどあります(^^ゞ
さすがに頭頂部は多くないのですが、サイドと後ろは剛毛です。

でもって、散髪に行くのが面倒なので、超ボサボサ頭の今日この頃です。
なので、少し若く見えます。

髪の毛があるのと、白くないのと、太ってないのとで、インドネシア人から見ると、まだ40歳前にも
見えるそうです。 既に数えで50歳、来年は満50歳になるのにね(^^ゞ

これも遺伝なんですが、髪の毛が多い分、弱いところは弱いですから(謎)

●今日(5/13)はローラー台やりましたよ、15kmだけですがね。

腹筋も100回やりました。
すっきりした腹回り、俺的には重要です。





胃炎は無事治りました

火曜・水曜と苦しんでいた胃炎も昨日には回復。
さっそく夕食の居酒屋で、辛味噌坦々麺を食してしまいましたが、今日も異常なしです。

調子に乗って、昼も韓国料理屋で辛いものオンパレード。
もうちょっと胃に優しい食生活に改善した方が良いかなぁ。。。。。

今日は朝から出張者と外出続き。
1時間ほどデスクに戻り、デスクワークしてますが、今からまた会食です。

今日も辛いものへの誘惑に勝てないのかなぁ。。。。。

甘いものには一切誘惑されないのですが。




雷雨にメゲズ

9ホールx2周ってきましたよ。
ずっと傘差してましたがね。

かみなりは遠い感じでした。
まあ、当たらないだろうって感じ。 俺のスコアと同じにね(^^ゞ

私は決めたことをキャンセルするのが嫌いです。
雨が降ろうが槍が降ろうが、決めたことはやりたい人間です。

雷雨のゴルフ派かなり危険です。 直撃されて死ぬリスクもありますが、決めたことはやりたい。

というわけで、18ホール回りましたよ。 スコアは秘密ですが(^^ゞ

5/12 自転車仲間の「Masatangoさん」ご夫妻と初めてのゴルフ・ラウンド

私は46歳でジャカルタに赴任するまで、ゴルフクラブというものを所有したことが
なかったのですが、50の手習いと覚悟を決めて、ジャカルタ赴任直前にゴルフクラブを
購入し、ジャカルタに持参しました。

赴任直後(前任が帰国したあと)、2-3回打ちっ放しに行ってみたんですが、あまりにも
ダメ(ボールに当たらないで空振りするか、前後左右10mくらいのところにしか飛ばない)
なので、すぐに嫌気が差してしまい、4-5ヶ月全くクラブを触らない生活でした。

ところが、一昨年の暮れ、自転車部の方を一部含む飲み会(忘年会)の際に、自転車仲間の
Masatangoさん」と話していた際に、「折角なのでゴルフもやらないといけないと思って
いるんですが、あまりにも下手でセンスもないので、誰かに習わないといけないと思うんですが
探すのも面倒で。。。。」みたいな話をしました。

すると、「俺もジャカルタ赴任時のスコアは悪かったけど、良いコーチについて、スコアが
大幅改善したよ」という話を聞くことができました。

でもって、masatangoさんにご紹介頂き、そのコーチに昨年1月から習っているわけです。
途中事故で半年お休みしましたが、週1回、半年以上通っているのに、上達の速度が
極端に遅い私は、やはりゴルフのセンスはないようです(>_<)

私のブログ記事を読んで連絡を下さったキッカケで、masatangoさんからご紹介頂いた
コーチを紹介させて頂いた「Tご夫妻」とは、ここ数ヶ月で何度かコースを一緒に回ってもらった
ことがあるんですが、コンスタントに90前後で周るmasatangoさんとは、恐れ多く今までご一緒
したことがありませんでした。

しかし、5/9の祝日に、やはり90前後で回るインドネシア人紳士2名と周った際に、ラフに
入り込んだボールを探さずに、潔くペナルティー「1」で新たなボールで打ち直せば、
どうにか相手にイライラさせずに周ることができる、自分も楽しめることが分かったので、
スコアはともかく「大きな迷惑を掛けずに済む」という自信が出来たこともあり、先週末の
日曜日は、初めてmasatangoご夫妻と一緒に回って頂くことになりました。

スコアは相変わらずでしたが、前回悲惨だったドライバーも前回よりは安定していたし、
天候にも恵まれ、気持ちよくラウンドすることができました。

「ハリム2」でやったんですが、午後になると少し安くなるので12時過ぎにスタート。
終わったのは4時頃でしたかね。

終了後、クラブハウスでご夫妻と軽くビールを飲んでいたところ、「この程度のお酒じゃ
中途半端ですよねぇ
」みたいな話になり、本日は仕事で参加できなかった「Tご夫妻」も
読んで、ジャカルタで一番を争う美味しさ(肉の上質さ)で有名な Gahyoで5人で飲みなおす
ことになりました。

Masatangoさんとラウンドするのも初めて、Tご夫妻含めた5人でランチした回数は数えられない
くらいなのに、この5人で飲むのは初めてという状況でしたが、とても楽しいひと時でした。

今週末の土曜日は、練習のあと、「ランチでスペイン料理屋に行って、サングリアを飲もう!
という話で盛り上がっております。

さっそく昨日、免税店で赤ワインを購入してしまいました(^^ゞ

●5/13のローラー台: 15km
 5/14のローラー台: 15km

毎月1000km超実走していたころが嘘のようですね(>_<)




遂に1ドルが100円を超えましたね(為替変動に泣き笑いした26年)

仕事上、円ドル為替は常に意識しながら26年間、貿易業務に携わっておりますが、現在のような
ハイペースで円安方向に振れたのは記憶にありません。

円高方向に驚くほどのペースで振れたことは何度か記憶しているのですが。。。。。。

ということで、過去の円ドル相場を確認してみました。

まずは、変動相場制に移行した1973年以来の大きな流れです。


5070d.gif


私が物心ついた1960年代は「1ドル=360円」の固定相場時代であり、小学校に上がった1971年に
固定相場のまま「1ドル=308円」に変わったときは、「なんて中途半端な数字なんだろう。。。」と
子供ながらに不思議に思ったものです。(スミソニアン協定)

でもって、1973年から変動相場へと以降するわけですが、さすがに1970年代は海外に行く機会もなく、
為替を意識することは、殆どなかったですね。

為替を強く意識するようになったのは、1985年のプラザ合意以降です。
就職活動は1986年でしたが、この頃は円高が急速に進行していた時期であり、輸出を主要業務として
いる貿易会社への就職面接では、頻繁に面接官と円高や円相場について議論した記憶がありますね。

入社した1987年4月以降も容赦なく円高は進行し、あっと言う間に120円まで上昇。
輸出競争力が日に日に衰えていくのを強く実感しました。

しかし、ここからが日本の製造業の逞しいところ。
250円から、数年で倍以上の120円まで円が強くなり、競争力がなくなったにも関わらず、円高でも
耐え得る高い技術と、海外への生産移転で、多くの企業が円高を乗り越えることに成功。

その後、バブル期は150-160円まで戻し、輸出競争力がグッと高まったのを良く覚えてます。
その頃(1989-91年)は最初の海外駐在だったんですが、客先と交渉しては、仕入先と値引き交渉ばかり
繰り返しておりましたね。 円安なんだから、値引きして当然みたいな感覚で(^_^;

しかしこれが、1992年以降、2度目の厳しい円高に晒され、あれよあれよと言う間に100円を割り込み、
遂に1995年4月には当時の最高値である、「79円50銭」という、当時では信じがたいレートを付けます。

1994-97年は二度目の海外駐在だったんですが、今度は値上げ値上げのオンパレード(^_^;
販売先と熾烈な交渉を続けながら値上げを飲ませても、仕入先からは「採算悪いから輸出できません」
みたいな仕打ちを受け、とある企業に至っては「もう輸出は不要、国内だけで勝負する」なんて言い出す
会社までありました。

1990年代半ばの強烈な円高は、日本の製造業の競争力を大きく殺ぐ結果となってしまいましたね。

しかし、1990年代後半は140円まで戻します。
この頃は東京本社で輸出担当してましたが、やはり「値引き交渉」がメインでした。

そして、2000年代となります。
以下のチャートは2000年以降の円ドル相場の動きです。



5070.jpg

5070.gif


多少の振れはありましたが、1980-90年代の強烈な円高と、戻し円安に比べると、2000-2007年は
比較的落ち着いた相場だったと思います。

値引き交渉もあれば、値上げ交渉もやる、そんな感じの7年間でした。

そして、2003-07年は3回目の海外駐在。
後半は円安基調であり、2007年7月には、124円と、久しぶりの円安レート。

実は私、2007年7月の発令で日本に帰国したんですが、米ドルリンクの外貨を貯金しておりまして、
124円台まで持ち直した円が、125円になったら、全額円に両替しようと思ってたんです。

ところが、125円台にはならないまま、一気に円高になり、あれよあれよと言う間に1年ちょっとで87円まで
高騰し、さらに2011年10月には「75円32銭」という史上最高値を更新します。

この4年間での米ドルの下落率ですが、実に「40%!!」、つまり私の米ドル資産は、円建てで40%も目減りしてしまい
目も当てられませんでした(>_<)

でもって、アベノミクスによる(?)昨今の円安です。
40%目減りした資産が、20%戻ってきました!

124円までの道のりはまだ遠いですが、6年間塩漬けにしている外貨資産を早く円転し、住宅ローンや教育費に
当てたいものです。


<画像追加>

固定相場制だった1950年代からのチャート。
こうやって見ると、激しい円高ですよね(^_^;

700px-JPY-USD_1950-_svg.png


下記チャートは実効為替レート、数字が大きいほど円高であることを示しております。


700px-JPY_Real_Effective_Exchange_Rates_281970-29_svg.png



ジロ・デ・イタリア観戦中(飲酒中♪)

最近すっかり自転車とは縁遠くなってますが、今日は「ジロ・デ・イタリア」の生中継を見ながらローラー台を
漕ぎ、その後はビールとウィスキーを飲みながら、引き続き「ジロ」を観戦中です。

それにしても、凄まじい坂を登るんですねぇ。。。。

一流選手が蛇行しそうなスピードで登ってます。
20%くらいの激坂なんだろうか。。。。

あと19km、まだ酔っ払ってないので、このステージ(第10ステージ)はゴールまで観戦できそうです。
ゴール時までに酔っ払ってる自信は大いにありますが(^^ゞ

それにしても、Cadel Evans って特徴的な顔してるよなぁ。。。。


●昨日のローラー台:  15km
 本日のローラー台:  15km

2日連続でローラー台を漕いだのは何ヶ月ぶりだろうか。。。。
自転車レース観戦しながらのローラー台は気分が乗るよね。

3月・4月はハードな2ヶ月だったので、今月はちょっと大人しくしようと思います。
「禁カラオケ」月間にでもしてみるかな(^^ゞ


最も苦手な人事評価、やっと終了(^_^;

今日もまた、株が300円以上高騰し、円は102円台後半まで下がるという嬉しいアベノミクス効果が
続いてますね。 いつか止まって反転するんだろうけど。。。。。

さて、この時期は、私が最も苦手とする人事評価をやらなければなりません。

部下が5人しか居ないのに、S/A/B/C/Dの5段階評価で優劣をちゃんと付けろと去年言われて、
人事部長と大議論になり、結局全員「B」(退職した秘書にだけ「C」を付けた)で押し切りました。

しかもですよ、部か5人が皆同じグレードなら優劣の付けようがありますが、二人は秘書というか事務職、三人の営業職のうち一人は違うグレード、事務職の二人もそれぞれグレードが異なります。  事務職と営業職、そして4つの別々のグレードに属している5人に順番付けて、必ず「A」と「C」を一人ずつ作れなんて、無理な注文です。

その後、怪我でシンガポールで手術した際に、お世話になった人事部の人に、「日本人の評価制度は
やっとまともな制度になったのに、どうして少人数しか居ない部下(ローカルスタッフ)には無理矢理
差を付けなくてはいけないのか?」「事務所全体で優劣を考慮し、しかるべき配分にすれば事足りる
ことではないか?」と抗議しました。

すると、「それで良いんですよ。 小さな所帯で無理矢理優劣を付ける必要はありません」と。
なので、私は今年は人事部長が何と言おうと、誰にも「C」以下は付けないと心に誓っておりましたが、
人事評価は点数だけでなく、年度初に目標として掲げた4つの項目に対する本人の結果分析に
対して、ちゃんと上司としてコメントを書き込まねばなりません。

さらにもっと定性的な評価項目もあり、「コンプライアンス」「積極性」「ビジョン」「スピード」「専門性」
と言った10項目につき、それぞれ3段階、本人の自己申告と上司としての評価を記載せねばなりません。

上記を全部やって、提出する期限が5/3だったんですが、忙しくて手が回らず、後回しにしていたところ、
人事部長から催促があり、やっと本日12日遅れで提出することができました。

一方、昨日副社長に呼ばれ、「君は人事評価説明会議に出席してなかったが、人事部長から今年度の
人事評価方法(点数の付け方)について聞いているか?」と問い質され、「いえ、提出の催促は受け
ましたが、評価方法については何も聞いてませんが」と回答したところ、「懸念していた通りだ。。。。。」
「ところでもう提出してしまったか?」と聞かれ、「すみません、今日明日でやる予定です」と回答。

「未提出か、それは良かった」と副社長は胸を撫で下ろし、以下「社長方針」として伝えてくれました。

昨年度の評価方法には方々から苦情があり、部下の人数が少ない場合に、無理矢理優劣を付けるのは
やはりおかしいという結論に至り(社長見解)、人事部長にも今年は去年と違うやり方で評価することを
指示し、評価者に指導徹底するよう指示を出したとのこと。

つまり、私がシンガポールで確認したように、インドネシア法人全体で、しかるべきバランスで優劣を
付ければ済むことで、去年の人事部長指導のように、数人しか部下が居ない場合に無理矢理優劣を
付ける必要はないという、極めて真っ当な結論となったようです。

良かった良かった。 これで、堂々と絶対値の評価が付けられます。


プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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