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今から丁度「半世紀」前。。。人生の偶然を嚙みしめる

3ヶ月以上ブログ更新してませんでした。
昨年書いた記事は15本のみ。 これじゃあ、ブロガーとは言えませんね(苦笑)

さて、小生明日インドに初出張します。
人生50年、商社マン生活28年となり、アフリカを駆け出しに、中東各国に駐在・出張し、休暇でヨーロッパや
アメリカを訪問し、出張でオーストラリアに毎月通ったり、ジャカルタをベースにアジア各国への出張等、
世界各国40-50ヶ国近い国に足を踏み入れたことがありますが、インド入りは生まれて初めてのことです。

強いて言えば、過去に一度だけ、インドのムンバイ(当時は「ボンベイ」)を経由するフライトで中東に行った
ことがありました(20年以上前)が、飛行機を降りて、インドの地を踏むのは明日が初めてとなります。

実は今から丁度50年(半世紀)前、1965年の初春、やはり商社マンだった父が、生まれて初めてインドに
行きました。  しかも出張ではなく、いきなり「赴任」です。

私が生まれて半年もしない内のことでした。
それから3年強、一度も出張や休暇で一時帰国しなかったので、私は物心付いてから3歳半になるまで、
一度も父親に会うことができませんでした。

物心が付く、ないしは、今覚えている一番古い記憶が「3歳半よりも大きくなってから」という人も居るかも
しれませんが、私の場合古い記憶が鮮明に残っており、最も古い記憶は、「2歳3ヶ月」のものです。
それは、3歳年上の姉が5歳の誕生日を迎えた日の出来事であり、48年以上経過した今でも鮮明に覚えています。

なので、物心付いてから、初めて父親と再会するまでの1年強は、2-3歳だった私には、とてつもなく長い期間でした。
今なら、あっと言う間に過ぎてしまう1-2年ですが、2-3歳の幼児にとっては、人生と同じくらいの長さです。

なので「父親が居ない寂しさ」は、今でも強烈に心に染み付いています。
その父も4年前に他界してしまいましたが、1979-83年は、今の小生と同じく、ジャカルタ駐在でした。

父がジャカルタ駐在中の私は「中3~大1」でしたが、私がジャカルタ駐在中の息子も丁度「中3~大1」という
興味深い一致もあります。  32年の時を経て、私は父親と同じ人生を送っている。

今から丁度半世紀前が、父のインド赴任、四半世紀前の1990年、小生はアフリカ駐在中、4年前の2011年、
父に遅れること32年、ジャカルタに赴任。
そして父がインドに赴任した日から丁度半世紀後の明日、私が初めてインドに赴くという偶然。

人生50年も生きていると、色々な偶然があるものですが、何か運命的なものも感じる今日この頃です。

さて、ジャカルタに赴任してから、既に3年9ヶ月が経過しました。
任期は4年なので、今年の夏頃には最終帰国となりそうです。

長かったような短かったような4年間ですが、自転車で大事故を起こし、人生と人生観が大きく変わった4年間でもありました。

後任は、今佳境に入っている案件の実現次第ですが、元気な若手に来てもらいたいものです。

今日から丁度四半世紀前

今を遡ること四半世紀(25年)前の、1989年(平成元年)12月2日、私は初めての海外勤務
任地である、コートジボアール(象牙海岸共和国)の商都アビジャンに赴任しました。

もちろん、生まれて初めてのアフリカ大陸入りでした。
まだ25歳、今の年齢の半分でしたね。

アビジャンは赤道直下とも言えますが、一応北半球で、北緯5度。
現在の勤務地ジャカルタも、同じく赤道直下とも言えますが、南半球で南緯6度。

四半世紀前も現在も、私は赤道直下に近い場所で勤務しているという訳です。

現在が4回目の海外勤務ですが、2回目と3回目は中東で、北緯20度くらいのところだったので、
一応「冬」がありましたが、1回目と4回目は冬がなく常夏で、雨季と乾季がある程度の季節変化。

日本との時差は、9時間、6時間、5時間、2時間と、回を重ねるごとに日本に近づいてはいる
ものの、今回は赤道を越えて南半球に来てしまいました。

それにしても、25年前の今日、25歳で初めて海外生活を始めてから25年。
アフリカ2年1ヶ月、サウジ3年3ヶ月、ドバイ4年2ヶ月、ジャカルタ3年5ヶ月(継続中)と
合計、12年11ヶ月、約13年海外勤務してる。

つまり、直近25年は、日本に居た期間より、海外に住んでた期間の方が長かった訳だ。
会社生活は合計27年8ヶ月なので、会社生活の半分には達していないが。

海外勤務に憧れ今の会社に入ったが、ここまで回数・期間が多く(長く)なるとはねぇ。。。。

任期通りなら、来年帰国予定だけど、定年まで約9年あるので、もう一回くらいチャンスは
あるかなぁ。。。。

ふと半生を振り返ってみました(^_^;



1日でここまで円安になった事ってありましたっけ?

日銀黒田総裁、大胆な金融緩和、やってくれましたねぇー

私の場合、給料が米ドル建てで、かつ相当額のドル資産も7年以上凍結させている関係で、円安は大歓迎。

それにしても、入社以来27年以上、毎日為替に一喜一憂してましたが、私の記憶では、1日に3円近く円安に
なったことはなかったように思います。 精々、1円50銭か2円未満しか記憶にありません。

1日で激しく円高に振れたことはありましたが、円安は初めての経験です。

過去の1日の円安サイドへの変動幅の最高記録を探そうとネット検索してみましたが、「1円80銭以上の
変動確率は1%未満」とか、「変動が大きいときは必ず円高で、円安に大きく振れることはない」と言った
記事は見かけるもの円安サイドへの変動幅記録はみつかりません。

現時点で既に本日は「2円94銭」円安に振れてます。
昨日109円だったのに、既に112円に!

これからアメリカ市場が閉まるまでの数時間で、さらに円安が進むのか、少し戻すのかは分かりませんが、
2014年10月31日という日が、ドル円相場にとって大きなターニングポイントとして記憶(記録)されることは
間違いないような気がしてきました。

急激な円高は何度も経験してますが、1日でここまで円安になるとは。

短期間での円安傾向という意味では1990年が顕著でしたよね。

就職活動していた1986年は、プラザ合意翌年で、円高がガンガン進んでおり、入社した87年から88年に
かけても円高が大きく進みましたが、1990年には1ドル120円から、一気に160円まで円安に進みました。
バブル最盛期の頃ですよね。

自国通貨が下落すると景気が良くなる(株価が上がる)国も、あまりないように思いますが(^_^;

円安と株高は連動することが多いので、本日は為替・円安によるドル資産の円ベースでの増額と、
株式含み損の減少という両方の面で、資産価値が一気に改善した日となりました。

ここんところ、一気に資産価値が大幅減する局面が多かっただけに、少し戻しただけなんですがね(^_^;


<追記> 2.99円安まで行ったね。 明日起きたら3円超えてるかも! ビバ円安♪

3.16円まで行ったーーーーーー!!  ギネス級の円安だぁ

ここまで行くと、パラダイム変換かと。。。。。 凄いな


3.19円 円安   異次元だ。。。。。。

安部政権の功罪は10年か20年先に、歴史として語られるのだろう。

3.24円まで来てる。。。 まさかの4円、円安行っちゃいますかね?










人間50年、下天のうちをくらぶれば。。。。


前回1964年(昭和39年)の東京オリンピック開会式から、丁度50年が経過しました。
ということは、開会式当日に生を受けた私が、本日を以って50歳になったことを意味します。

日本の高度成長期が始まるきっかけとなったオリンピックから、高度成長・石油危機・バブル経済と
失われた20年を経てきた昭和から平成に至るまでの半世紀。

昨日までは、四捨五入すると0歳でしたが、今日から100歳と、大いなる成長を遂げました(^_^;

織田信長が好んで謡い舞ったと言われている敦盛の「人間50年、下天のうちをくらぶれば、
夢幻のごとくなり
」という節は、小学校3年生(1973年)の時に観ていた大河ドラマ「国盗り物語
の頃から耳にこびり付いて離れない節です。

8-9歳だった当事ですら、70-80代の祖父母が居たので、「人生50年とは随分短いことを言うなぁ」
と思ってましたが、戦国時代50歳まで生きることは大変だったのでしょう。

しかし、遂に自分がその年齢に達してしまいましたね。
もっとも昔は数え年が一般的だったので、そういう意味では昨年正月を以って既に「数えで50」には
到達していたのですが。

日本人男性の平均寿命は80歳なので、あと30年生きられる可能性もあるわけですが、どうも
弊社の場合、若い頃から体を酷使させらるせいか、60歳前後で亡くなる方も少なくなく、いよいよ
自分の人生も「晩年期」に差し掛かったように感じます。

ふと過去の節目な年齢に達したときのことを思い出してみると、一番長く住んでいる場所が東京
(約34年)なんですが、10歳になった時は札幌に在住、20歳は東京でしたが、30歳はサウジアラビア
(リヤド)で迎え、40歳はUAE(ドバイ)、50歳はジャカルタと、3連続海外、5回の節目の内、東京は
1回だけという奇遇。

一方、5歳、15歳、25歳、35歳、45歳の節目は全て東京となってます。
ようは、私の人生50年、ざっくりと5年毎に東京と東京以外(主に海外)の往復だったということですね。

会社は大損こいてますので、収入減は不可避ではありますが、定年後も含め、充実した晩年期
過ごせるよう、健康には留意したいと思います。

帰国予定の来年こそ自転車活動再開したい!!


奇跡の汚れたボール(^_^;

今日もゴルフネタです。

先週のチェンカレンは、マッチプレーのアテスターを務めたことから、選手の希望で、普段使う青ティーではなく、
過去1-2回しか使ったことのない白ティーからのティーショットだったこともあり、前半は「44」と好調でした。 
しかし後半はトリプル連発、最後は4オーバーと大きく崩れ「54」に終わったので、合計「98」と、かろうじて
100を切りました。

チェンカレンでは青ティーからのベストは「101」、白ティーからは久しぶりでしたが、「98」はベストです。
前回(1年前?)白ティーからやった時は「116」でした。
青ベストが「101」なので、白からなら「95」は切りたかったかな。。。。

さて本日はハリムです。
ちなみに、前日のチェンカレンは、青で「5,860m」、白なら「5,229m」と比較的短いコースですが、ハリム2は、
青で「6,215m」、白でも「5,842m」あるので、距離的には「チェンカレン青」=「ハリム2白」となります。

ちなみに、ヤードではなくメートルですので、ヤードに1割足した計算です。

アウト1番ホールから開始です。
ティーショットはど真ん中に飛び、2打目はバンカーに入り、3打目で出しますが、グリーンには乗らず、
4打目はパターでピンに寄せ、1パットでボギー発進。

2番ショートもオンはせず、パターで寄せて、1パットでパー。

3番ロングは、ティーショットは良く飛んだものの、2打目の3番ウッドでOBスレスレのラフに。
3打目は深いラフから出すのが精一杯。 4打目もグリーンに届かず、5打目はチッパーでアプローチしたものの、グリーンを越えてしまいました。  6打目でようやく乗せて、1パットでダボ。  ここはトリプル覚悟していたので、ダボで済んでホッとしましたね。

4番ミドルは、ティーショットが最高(このホールでの最長記録更新)に飛び、2打目はグリーンの左脇。
パターで乗せて、1パットでパー。

5番ミドルは、風に煽られティーショットは、今ひとつ距離が出ず。
2打目はミスショット、3打目でグリーンの左に、パターで寄せて、1パットのボギー。

6番、池越えショートは、どのボールを使うか悩みます。
「良いボールの方が、ちゃんと(真っ直ぐ遠くに)飛ぶ」というのが、ようやく分かり始めたので、「池越えこそ
良いボールを」と仰るベテランの方も多いのですが、やはり良いボールを失くすのは悔しい。

結局2ヶ月前くらいに、茂みの中で発見した、汚れたボロいボールを使うことに(^_^;
7番で打ちますが、右に大きくそれ、危うく右側の池に落ちそうになるところ、ギリギリで踏み止まる。

2打目はチッパーで寄せますが、ピンから2mくらいのところに落とします。
ちょっと厳しい距離だったものの、ここも1パットで入れて、パーとします。

ここまで絶好調。
6ホール回ってパーが3つは、最速記録。 しかも6ホール全て、1パットです。

ここで、ちょっとボールの話。
良く考えてみると、前述の「汚れたボロいボール」は、水ハザードがあるホール以外は基本使わないのですが、
平均して1ラウンド3-4個ボールを失くす私なのに、なぜかこの「汚れたボロいボール」は、
2ヶ月間なくならずに使い続けています。

その間、「良いボール」は、ラフ等を中心に10個以上失くしている。
ボールを失くすリスクの高い、水ハザードのあるホールでしか使っていない「汚れたボロいボール」に限って、
なぜか未だに残っている。

たまに「今日は好調だから、水ハザードあるけど、普通のボールで行こう」と判断した時に限って、ハザードに
入れたりして失くしてしまう。

「このボールはボロいから、失くしてもいいや」と、例の「汚れたボロいボール」を使うと、なぜかちゃんとハザードを
越えてくれる。   これは一体どういうことなのだろうか?

汚れたボロいボールではあるが、実はこのボールはラッキーボールで、このボールを使いさえすれば、苦手な
ハザードも越えてくれるという、奇跡のボールなのだろうか?

ということで、今日は難しい局面では全て(失くすまで)この「汚れたボロいボール」を使うことに決めました。

さて7番ミドルです。
ここは直角に近い左曲がり方のコースで、2打目(左側)に嫌な水ハザードがあります。
以前はドライバーでも水まで届かなかったのが、2回前に入れてしまったので、前回はU3+を使いますが
それでも水に入ってしまった。 

そう、その時は、例の「汚れたボロいボール」を使おうとしたんだけど、U3+なら大丈夫だろうと、普通のボールを
使ったら、普段スライス気味に右方向に飛ぶのに、その時だけはバッチリ真っ直ぐ水に向かって飛んでしまい、
新しいボールは池の藻屑に(^_^;

なので、今日は、さらに短い「U7」(U4相当)で臨みます。 今回は「汚れたボロいボール」を使います。
すると、最短距離よりさらに左方向へ飛んでしまい、左側には池につながる川が流れているので、かなり危険です。

汚れたボロいボールだから、失くしても良いかと諦め、ボールの飛んだ方向に歩いて行くと、何と川に落ちる
10cm手前のところで踏み止まっているじゃないですか!?  前の6番と同じ状況です(^_^;

しかし、ここからだと木が邪魔をしてグリーン方向に打てません。
リスクを取れば打てるけど、あまりに無理な感じだったので、無難に打ちやすいところに出してから、グリーンを
狙います。

3打目はグリーン左脇まで飛んだので、パターでピンを狙いますが、本日初の2パットでダボ。
ここはボギー取れたはずで、結構悔しかった。

続いて8番ロング。
ここも池越えなので、汚れたボロいボールを使って無事クリア。
しかしフェアウェイバンカーに捕まってしまい、7番アイアンで出しますが、木の枝にぶつかって落下。

やむなく5番でグリーン近くまで持っていくものの、結局5オン・2パットのダボ。
連続ダボで気が滅入ります。

次の9番が渋滞していたので、スキップして12番ロングに移動。

12番、いきなりチョロです(^_^;
とは言っても、転がって行ったので、100mくらいは稼げたかな。 幸いフェアウェイ上だし。
そこから起死回生の3番ウッド。 これはしっかりと200m程度飛んでくれました。

次はU7でグリーンを狙いますが、生憎バンカーに。
4打目でバンカーから出して、グリーンに乗せます。
ピンまで2mを切っていたので、何とかパーが欲しかったんだけど、パターを外し、ボギーに。

13番は、左に引っ掛け林の中に。
次で出した後、2打を要して、4オン・2パットのダボに沈みます。

14番ショートは、165mなので、5番アイアンで打とうとしたが、キャディから「届かない」と言われ、
やむなくU6を使うことに。 (俺的にはU6より5番アイアンの方が飛ぶはずなんだけど、5番
アイアンのティーショットなんてやった記憶もなかったので、諦めてキャディーの言う通りに)

結果として距離は丁度良く、グリーンの右2m辺りに落下。 
パターで寄せますが、強過ぎてはみ出てしまい、エッジからのパターで3オン・1パットでボギー。

15番は、右ドッグレッグなので、適度なスライス玉だと丁度良いのですが、少々曲がり過ぎて林の中に。
仕方ないので5番アイアンで転がしてフェアウェイに戻しますが、ここも4オン。

これも1パットで入れられそうな距離だったが、微妙にずれて、ダボでした。 悔しい。

16番のロングは、ティーショットした玉が全く視界に入らなかったが、キャディには見えていたようで、
相当右に逸れて隣のホールから打ち直したものの、今度は左のラフに入ってしまった(^_^;

3打目の5番アイアンは結構飛んだものの、右のラフに。。。。。
さらにバンカーにまで入れてしまい、ようやく5オン。 パットも今一で連続ダボ。。。。

17番ショートは右のバンカーに入れ、3オン・2パットのダボ。。。。。3連続(^_^;

18番ミドルは、ティーショットがテンプラ(当地では「ガルーダ」と言う)で距離が稼げず、2打目はミスショット。
3打目でようやくグリーン左脇へ、そこからパターで寄せて、1パットでようやくボギー。

ここまでで、15ホールで、9・10・11番を残してます。
まずは10番ミドルから。

200mくらいのところに池があるので、U3+で池の手前を狙いましたが。。。。。。凄まじくスライスして隣の
9番ホールのフェアウェイに落下。

ここからだとグリーンまで170mほどあり、かつ隣のホールからなので、100m幅の池を越え、かつ池の先には
木立があるという難しいショット。

ここも、やはりジンクスの汚れたボロいボールを使います。

池ポチャだけは避けるべく慎重に放ったショットは、気持ち良く上がって、上手く木立も避け、グリーン近くまで
飛びましたが、生憎バンカーに入ってしまいました。

3打目は出すだけ、4打目はパターで寄せ、ボギーを狙いますが、またもやパットを外してダボ。。。。

11番ミドルは、割と良いショットだったのに、右に逸れてしまい、ラフからの2打目。
残り60mくらいの3打目はグリーンに届かず、4オン・1パットでようやくボギー。

これで、インは「パーなし」「ボギー4」「ダボ5」の「50」です。

最後に残るは、本コースで最も苦手(下り斜面+水ハザード)な9番ミドル。
普段はダブったり、池に入れたりで、トリプルとか4オーバーとかザラに出てしまいます。
ダボでも嬉しいくらい苦手なコース。

運良くティーショットは、今までにない特大ショットで、水ハザードの10m手前まで届いてしまいました。
いつもは、水まで100-120m(越えるためには150-170m飛ばす必要あり)の辺りに落ちるので、
「刻むか狙うか」悩んで、どっちを選択しても失敗することが多いのですが、ここまで飛ぶと、多少は気が楽です。

もっとも普段だと、刻んで水のすぐ手前から3打目を打っても水に入れてしまうことが多いのですが。。。。

このホールも水ハザードがあることから、例の「汚れたボロいボール」を使いました。
すると。。。。。。。なんと、ナイスショットでグリーン手前50cmくらいのところまで綺麗に飛んでくれました!!

やはりこの、「汚れたボロいボール」は奇跡のボールでした!
グリーン外からバーディを狙うも外し、パーパットも外し、結果はボギーでしたが、キャディからは「いつもは
ダブルパーなんだから、ボギーなら上等ですよ」と言われてしまいました。

これでアウトは、「パー3」「ボギー3」「ダボ3」の「45」、合計スコアは「95」と、自己ベストの「91」に近い
スコアで上がることができました。

合計では、「パー3」「ボギー7」「ダボ8」でした。 ダボの数がパーの数より5つ多かった。
これがイコールになれば、ようやく「90」なんだよなぁ。。。






プロフィール

Muirwoods

Author:Muirwoods
2010年1月、45歳にして、短距離通勤用として購入したクロスバイク(MARIN Muirwoods、26インチMTB仕様)がいつのまに生活の中心的存在となり、Muirwoods号で300キロ超のロングライドに挑戦し、2010年末46歳でロードバイクデビューしました。

ロードバイク1台目は「Cervelo RS」。
11年7月にジャカルタに赴任、CAAD10を新規購入して持ち込みましたが、事故で大怪我をしてしまい、現在自転車活動は休止中です。

本年10/10を以って50歳になりした。
50代の10年も、頑張ります!!

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